まどマギにわかの<ワルプルギスの廻天>感想

先日『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ <ワルプルギスの廻天>』を観てきました。


いろいろ期待半分・不安半分で観に行ったのですが、想像を上回る面白さでした!!!
作品からいただいた新鮮な感情をそのまま残せればと筆を執った次第です。



詳しくは後程書きますが、自分は「まどマギ」について”にわか of にわか"です。
どれぐらいかというとアニメ作品を1周しただけ、ゲームも漫画もなにもかも触れていません。
ですので、熱心に追い続けていらっしゃるファンの方には、とてもお見せできないような浅い浅い感想かもしれません。
先に謝らせてください、にわかが偉そうに語ってすみません。

こういった長く愛されている作品の感想は、心のうちに留めるだけかTwitterでちょろっと流すかぐらいにしがちな自分なんですが…………。
ちょっとあまりにも……あんんんんんまりにも面白かったから書きたくなっちゃった♪
なのでもう開き直って、まどマギをよく知らない人間が好き勝手書く記録にしちゃおうかなと思います。
アニメ以外のコンテンツ・関係者のインタビューなどなど、すべてを知らない人間のまっさらな感想です。


その浅さを寛大にも許していただけるなら、初見の感想として楽しんでいただけると幸いです。







「まどマギ」への認識

自分の「まどマギ」に対する認識を軽くまとめておきます。
どれだけのにわかなのか、自虐するコーナーです。

「まどマギ」の『TV版』が放映されたのは2011年の冬、あの震災があった年です。
当時から既に話題となっていましたし、自分の姉はリアルタイムで追っていて度々感想を聞いていたりはしました。

ただ、自分が深夜アニメ等をニコニコで見始めたのはその数年後で、「まどマギ」を視聴したのも数年ズレていた記憶です。
”オタク”なりたてで義務的に過去の話題作を摂取していた時期だったので、「まどマギ」についても1周ながら見して、あらすじやキャラクターを知ってる程度の激浅オタクでした。

その後の展開にも特に触れることはなく、「ソシャゲが始まったんだ~」「いつのまにかサ終して、いつのまにか続編出てる」「なんか炎上してんだ~」*1ぐらいの、”自分が詳しくない有名IPのひとつ”ぐらいの距離感でした。
「マギレコ」がアニメ化していたことも今知ったぜ…………。

そんなこんなで『TV版』から15年経った今年、完全新作の映画が公開されるとのことで。
延期のニュースをちょくちょく聴いていたので、「おっ、シャフトだな」「おっ、ようやく出るんだ」ぐらいの感じでした。
んでまぁ、この機会に改めて履修しておくかと、つい最近『劇場版 前編/後編』『新編 叛逆の物語』までを一気見しました。*2
それがまぁ、めっっっちゃ面白くて!!
『TV版』がここまで美しくて、『叛逆』がこんなに救われて救われないのかと…………。
…………もしかして……「まどマギ」って……社会現象になるくらい…………めちゃくちゃ面白いのでは…………?(干支1周以上の遅刻)


当初『廻天』はそこまで観る気なかったのですが、一気見した「まどマギ」が面白かったうえに、直近の『ちいかわ』で「映画ええやん!」マイブームが来ていたこともあり、せっかくなら観に行くかと。
そんなこんなで観に行って、最高に楽しませてもらっての現在でございます。
『廻天』の感想も早速書いていきたいところですが……『総集編』と『叛逆』についても語らせてください、おもろすぎたんで!




『[前編] 始まりの物語 / [後編] 永遠の物語』雑感

『前編/後編』はTV版の再構成、だとは思うんですが相違点については把握していないので割愛させてください。
その前提で、ここからは分かりやすいよう『TV版』という表記に統一させていただきます。
にわかがすんません、ほんと。

はい、自分が『TV版』を見直して感じたことをおおまかに「ここ好きポイント2つ」「不穏?なシーン2つ」に絞ってまとめます。



ここ好きポイント①

「情報の開示が上手すぎる」
自分は粗筋を知ったうえでの視聴だったので、「そこでそうなっちゃうのかぁ~」的な、n周目のほむら目線でいろいろ考えながら観ていました。
そこで気が付いたのが「情報開示の巧みさ」でした。

マミさん離脱までは魔法少女と魔女の存在、叶えたい願いにスポットライトを当てて。
さやか離脱までは魔法少女になる本当の代償、希望と絶望のバランス(杏子談)でドラマを構築し。
最後は、まどかの祈りとほむらの執着、インキュベーターの目的、少女の犠牲と救世で締める。

このお話の進め方が大変お上手だなって、てかリアタイしていた人たちはそれはもう大変だっただろうな!って。


〇自分のフィクションの楽しみ方について脱線 これは私個人の悪癖かもしれませんが、「登場人物の話す内容は真偽はさておき”一度信じる”」ことにしています。
「この世界ではそういうことになっている」ファンタジー作品を楽しむ人ならある程度共通する感覚だと思っているのですが……いかがでしょうか?
作中の展開・描写・理屈について、現実的に考えたり神目線で推察したりするのとは別に「この人はこう認識しているんだな」と一度受け止めます。
それは誤解かもしれない偏見かもしれない妄言かもしれない…… けれど後から否定されない限りは、それが”作品にとっての真実”から動くことはありません。
一方で、「その人が知らないはずの情報を持っている」「思考や選択に一貫性がない」といったものを強くノイズとして感じてしまう損な性質でもあるわけですが…………。*3


閑話休題。
『TV版』において最初はマミさん、中盤はさやか杏子、終盤はほむらキュゥべぇ、語り手を変えながら人それぞれの世界の視え方を語らせていました。
当然それぞれの経験も理解も違うので、新たな情報が出てくることも不都合な真実を隠していることにも説得力があります。
ですが、それを観ている視聴者は当然そんなことは知りません。

1話での驚き、3話での驚き、6話での驚き、8話での驚き、10話での驚き…………そのどれもが新鮮で衝撃的なものに違いありません。
毎話明かされる情報を受け止め、咀嚼し、次にはまた衝撃の情報が追加される。
それをリアタイできた当時のオタクたちが羨ましくて仕方ありません。
オリジナルアニメをリアタイで追いかける、その最上級のご褒美が、後追いの自分にすらわかる極上の体験がそこにはあったでしょうから。
今ソシャゲを割と遊んでいる人間だからこそ、TVアニメという定期更新の媒体を活かした作品の魅せ方に感動していました。
ひと言で言うなら「視聴者楽しませるのうんめぇ~~~!!」



ここ好きポイント②

「登場人物の因果が美しすぎる」
先ほどの項で述べた情報の開示と衝撃は、にわかな自分が「まどマギ」という作品へ抱いていたイメージを再確認するようなものでした。
一方で、こちらは先入観抜きの感想「さやかちゃんの因果が美しすぎる…………」「半分はほむら、もう半分はさやかの作品では?」になります。

ひそかに想いを抱く病床の少年がおり、上手とは言えないまでも献身的なコミュニケーションを続ける。
マミさんの最期を看取ったうえで、少年の絶望を救うため魔法少女になる。
当初は少年の快復を喜び、負い目を感じるまどかをなだめ、”最高に幸せ”と語る。
その後魔法少女の身体の真実を知り、少年に想いを告げられず、自暴自棄に…………。
杏子のように割り切ることもできず、心配するまどかに八つ当たりし、ほむらを信じることもできずに(全面的にほむらが悪い)、行きつくとこまで行きついてしまった。


あのぉ………… 美しすぎませんか、この展開。

この中で特に美しかった美しすぎポイントを2つ挙げると、まず「魔法少女と告白、重大な選択がさやかの意志に委ねられている」こと。
「魔法少女の残酷な結末を知らなかった*4」わけでも「マミさんが〇され、仕方なく魔法少女になった」わけでもない。
「友人の恋心を知らずに出し抜かれた」わけでもない。

さやかが全てを知ったうえで契約したわけではないとはいえ、絶望に至るまでの重要な選択は間違いなくさやか自身の選択です。
特に告白の方、別に自分の正体を隠して上条くんに告白すればよかったんですよ。
将来はともかく、当分の間中学生カップルとして騙し通すぐらい訳ないでしょうし、バレたらごめんで別れればいい。


でも、それが美樹さやかにはできなかった。
「魔法少女となり恭介を救った」自分を肯定するためには、「人間でなくなった自分が恭介を騙して付き合う」わけにはいかなかった。
相手の幸福を願ったならここで身を引かなければいけない、どこまでも生真面目な美樹さやか*5の良いところが最悪の形で結実する。
美しい…………。

美しすぎポイントその2は「自分が一番聴きたくなかった言葉を発してしまった」こと
具体的には自棄になった後、まどかに投げかけた数々の言葉

「死んだ身体を動かして生きてるフリをしてるだけ」「だったらあんたが戦ってよ」「あたしと同じ立場になってみなさいよ」「なんでもできるくせに」「知ったようなことを言わないで」

いやぁ~~~痺れるパンチラインですこと!
この言葉たちが、魔法少女なりたての頃にまどかに掛けた言葉と180度変わってしまったこともそうですが、状況は違えどそのまま上条くんとさやかの関係を的確に表す言葉で本当にグロい。
さやか自身が上条くんに絶対に言われたくなかった言葉を、同じく何もしてあげられない立場のまどかにぶつけてしまった。
心無い言葉に傷つけられ、それでも身を捧げた正義の人だったはずが、気づけば同じように人を傷つけ呪いを振りまく邪悪な存在になり果てていた。
そしてその行いを深く後悔し、絶望を深めていく…………。

まどかを慰めていた時も、ほんの少しは考えていたことかもしれない。
でも悪意を飲み込んで相手のための振る舞いができること、それは決して悪いことじゃない。
日頃はなんてことなく抑えてる本音も、いくつもの衝撃で擦り切れて、どこまでも膨らみ制御が効かなくなる。
本人にはどうしようもない状況で、少女らしい不安定さで悪い方に転がり続けてしまう。
正しくあろうとしても執着を捨てられず、自棄になろうとも良識は捨てられず…………。

なんと不憫で美しい…………。

女子中学生である意義を一番に感じる人物で、魔法少女の業を一番背負ったのも彼女な気がしています。
もちろんお話のスケールや感情の大きさ深さではほむら・まどかに軍配が上がるのですが、2人の物語であるという前提のうえでなお、ですね。
むしろその特異点すぎる2人に切り込んでいくぐらいの、運命だの宇宙だのに負けないぐらいの、一人の少女が持つ願い悩み祈り絶望にはそれぐらいのエネルギーがある。
そんな「まどマギ」の美味しいエッセンスを美樹さやかが担当しているように思えます。



以上、『TV版』を観なおして印象的なポイントでした。
「まどマギ」という作品に持っていた先入観、それを踏まえてなお面白過ぎる作品でした。



ハッピーエンド?

不穏?なシーンについても最後に軽く。
まどかが『円環の理』になってしまった後の世界、まどかのことを覚えているのは暁美ほむらだけになってしまいました。
その世界について気になったシーンが2つありました。

まずはほむら・マミ・杏子が映り、どうやらさやかが魔女になる寸前で消えてしまったシーンでの会話。
マミと杏子は沈痛な表情でさやかとの別れを悼んでいます。
てっきり『円環の理』による救済はもっとハッピーなもの(まどか同様、存在や記憶を消すとか)を想像していたので…………。

「魔女にならない」ってだけで少女の絶望はあるし、魔獣はいるし別れもある。
インキュベーターも残っており関係は良好そうですが、結局はあまり変わってないな、それが率直な印象です。

そして、わざわざこんなシーンを入れたってことは、少なくとも彼女たちにとってのHappyEndではない、そんな製作者の意図を感じました。
このままこの作品が終わったとして、誰かの犠牲によって問題が一部解決した、そんなビターエンドかなって。*6

もう一つは最後の最後、魔獣?と戦いながら傷つき禍々しい翼で飛ぶほむらのシーン。
これからもほむらは傷ついてボロボロになっても戦い続けます、あの子が救ってくれた世界のために。
これ……ハッピーエンドなわけなくない?
これでいいわけなくない?自暴自棄なさやかちゃんと重なって見えるけど……?
『SIREN』のジェノサイド須田恭也がハッピーエンドだ!って人ならまぁ……。


まぁ、これらは続編の『叛逆』が存在している前提での見方かもしれませんが、「ここで終わるのが綺麗」自分には到底そう思えませんでした。




『[新編] 叛逆の物語』雑感

ここからは『叛逆』の感想を書いていきます。
本当に完成度の高い作品なので、自分が書いておきたいことはあまりないかも。
言葉にすると取りこぼす感情があまりにも多い気さえしてしまいます。

ただまぁ、暁美ほむらについては語らないわけにもいかないので、自分にできる範囲で言葉にしておきます。
前述のとおり私は『TV版』をハッピーエンドとは思えなかったため、「ほむらがまどかを取り戻すお話が続く」ここまでは予想通りでした。
とはいえ、その描き方がまた秀逸なものでしたけれども。



異変とほむvs.マミ

『TV版』で居なくなったはずの魔法少女がひとり、またひとりと現れ、マミを喰った魔女が一緒で、ほむらは眼鏡っ子に戻っていて、よく分からない怖い歌うたってて…………。
何が何やらの展開に必死でついていきつつ、『世界』の異変にほむらが気づいてからはどんどん面白さが加速していきました。*7
異変を確かめるために声をかけたのが杏子ってのも味がありますな。
頭の固いさやか、楽観的なまどか・マミではなく、感覚派でフラットに付き合ってくれる杏子を頼った形でしょうか。
正直、これがシャフトの映像の癖なのか、作中世界においての異変なのか、シャフトの不思議空間に慣れちゃってて判断が難しかったですけれども。

そこから「ベベ」を疑うのも納得感ある。
あの『世界』の異物って、いつのまにか居るベベ、記憶をなくしている自分、そして居るはずのないまどか。
ほむらがまどかの存在に違和感を抱けないのも無理はない…………。


そこからのマミさんとの超絶クオリティバトルは今見てもなおカッコよかったな…………。
ほむらに触れていたら時間停止に巻き込まれないことを利用したリボンもいい、ガン=カタは言わずもがな。
決着がこれまた2人の個性てんこ盛りでたまりませんでした!
物量で敵わないほむら→自分に銃を向ける→マミが慌ててリボンを引っ張る→実体化したリボンを撃ち時間停止、自己犠牲を伴ったほむらの卑怯な戦術がらしさ全開で!
さらには命を取ることに躊躇し足を撃つ、保険をかけてたマミに拘束される、というほむらの悪役に徹しきれないところもマミさんの強かさも全部表現されていて最高でした!!!



イケメン・美樹さやか

その後のさやかちゃんとの問答も良かったなぁ……。
話が通じる人間がいて嬉しそうなほむらちゃん可愛いすぎる

「魔女をつきとめて、それであんたはどうするつもり?」
「始末するの?ただ魔女だからって理由で?」
「これってそんなに悪いことなの?」
「それを祈った心は、裁かれなきゃならないほど罪深いものなの?」

ここの台詞本当に大好き!!
先ほど熱弁した「良識に囚われているさやか」とは真逆の言葉たちです。
『円環の理』に導かれ、その先でもいろんなことを経験したっぽい*8さやかが、落ち着いて大人びているのも嬉しいですし(『TV版』のさやかの悩みは時間と環境が解決すると思っていたため)、
そのさやかが、常識的に理性的に動くほむらに忠告してくれるのが最高です!
「それが本当にあなたのやりたいことなの?」って、『TV版』のさやかに掛けたい言葉を、大成したさやかの口から聞けたのですから。

さやかの立場としては『円環の理』から来たまどかの助っ人で、言ってしまえば「ほむらの世界を終わらせて『円環の理』に導くこと」がお役目なはずです。
けれど彼女はそれに従うのではなく、暁美ほむらに寄り添い、尊重してくれています。
こんなに胸が熱くなることがあるんだな…………!



ほむらが救われ救われない結末

その後、花畑でまどほむ夜会話になるわけですが………… 本当にまどかが悪いよまどかが…………。

「ほむらちゃんでさえ泣いちゃうようなつらいこと 私が我慢できるわけないじゃない。」
「それはあなたにとっても我慢できないほどつらいこと?」
「そうだよ。」「そんな勇気、私にはないよ。」
「それだけで十分に私は幸せ”だった”」

これを聴いたほむらは、居心地のいい『世界』で安穏と暮らすことよりも、誰よりも大切な少女の想いを優先して、自分は断頭台に上がる覚悟をするんです。
魔法少女として戦い続けることが、まどかの高潔な意志を継ぐ行為だと自分を言い聞かせていたが違った。
自分一人だけが救われないことで、愛した少女の想いは今度こそ完成する。

映像表現も完璧すぎました…………。

この天啓が下りてきたような光、過去ほむらの象徴である三つ編みがほどけていく、花が枯れ綿毛が舞う…………。
ほむらの暖かな感謝と確固たる決意を映像が支えてくれます。



その後の魔女ほむら覚醒、断頭台に進む身体と未練の残る無数の腕……この決意をしてもなお後悔も迷いも渦巻いている彼女の内面が、魔女の姿に大きく反映されています。
からの開幕のブザー!幕が上がり!!魔女の名前が浮かび上がる!!!超超超激熱共闘シーンでした!!!!!

「ここまで頑張ってきたやつには、それなりのご褒美があってもいいもんね」

もうずっと美樹さやかがイイ女すぎる…………たまらん…………号泣

決心したはずが、まどかの救済の手に縋ってしまうほむら…………。
やっぱりまどかが悪いよ…………まどかが……………………。
そもそもこの因果に囚われたのだって、まどかがほむらに甘えたせい(これ以上なく仕方ない都合とはいえ)だしよぉ…………。
大切な人のために自分を犠牲にするって決めたのに…………こんな暖かい手を差し伸べられたら、暁美ほむらには拒めないよ…………。

ここの千和さんの演技が本当に胸を抉る…………。
こんなぼろぼろの腕を見せられて、後は私に任せてだなんて…………。

その後はもうね…………自分のやりたいことを見つけた暁美ほむらは強いよ。
とはいえ、思い出しそうなまどかに戸惑うほむら、この平穏もいつまでもは続かない、そんな匂わせで終劇。



いやぁ~結局『叛逆』も一通り振り返ることになっちゃった。
『TV版』の終わり方は「まどかが(一方的に)望んだ世界」*9で、『叛逆』は「ほむらが一方的に望んだ世界」でおあいこだなって感じ。
でもこれ不幸なことに、『叛逆』の世界で暁美ほむらは幸せじゃないんですよね…………。
自分のエゴで大事な人の想いを踏みにじって、自分はその大事な人と本心から向き合うことはできなくて…………。

まどかほむら2人の物語としてはようやく同じ土俵に立てたというか、互いのエゴを見せあってようやく「ほなどう折り合いつけまひょか?」の話し合いができるというか。
誰か一人を犠牲にする選択が正しいの?をずっと問いかけてくれている作品なので、続編の『廻天』でどう描かれるのか期待しつつも不安でもありました。
新キャラもいろいろ出るらしいし、この『世界』終わらせてもハッピーエンド見えなくな~い、みたいな不安が拭えなくて。

まぁそんな不安も吹き飛ばすぐらい、最高にエンタメで最高に熱血で最高に幸せな物語(未完)になってくれたので、杞憂でしたがねガハハ。




『〈ワルプルギスの廻天〉』感想

ようやく本題の新作『廻天』の感想を書いていきます。

新キャラ登場まで

トカゲさん電話の下りはフワッとしか理解していませんが、魔法少女に仕事をさせないため”一夜限りの魔法少女”を、その素質がある娘にお願いしていた形ですよね。
深い絶望に至る暇もなく、本人からするとストレス発散の夢を見て終わり、的な。
ちゃんとこの世界の管理者としての仕事をこなしてるんだな、暁美ほむら。
ただ、暁美ほむらの力を貸し与えてそうなので本人にも負担はあるのかな。

ここで出てきた魔獣がやけにリアルモチーフ(男体多めにも見えた)だったのも割と好みでした。
特定個人が”成った”魔女ではなく、人間社会の負の感情が形を成した化け物って感じで。

ほむらの超然とした姿を見せつつ、魔法少女たちとは普通にコミュニケーション取ってるのもおもろい。
一方的に施しているように見えるのも、底が見えなくて警戒されてるのも、まるでキュゥべぇの役割に取って代わったたみたい。

日常シーンに戻っても、魔法少女組は固まっていて、一般人と交流してるのはさやかだけ。
これは「まどかが思い出さないように」と「美樹さやかはまどかの隣に居ないとね」の折衷案なのでしょうか。

『叛逆』の時からそうでしたが、暁美ほむらは自分とまどか”だけ”の世界を作ってないんですよね。
魔法少女以外でも上条くん、仁美、早乙女先生、まどかの家族などは招き入れています。
まどかの幸せには周囲の人間も含まれている、そう合理的に判断しているのか、単にほむらにとっても情の湧いた人々なのか…………。

とにかく、ほむら自身もまどかからは距離を取っており、「ほんまにこれでええんか、暁美ほむら……」の念は一層強まりました。
そこで登場しますは様子のおかしい美人「名前の無い上級生」、以降『ワス』と呼びます。
映画の予告などを一切見ていなかった自分は「なーんかほむらに似てね?……絵柄の問題か?」なんて思ってました。
その後新キャラ2名『紫丁香』と『セルマ』*10も登場し、(描き分けできないわけではないのか……)なんてクッソ失礼なことを考えてました、スミマセン。

そこからまどかに干渉しようとする『ワス』と悪魔ほむらのバトルがあって、ほむらの牙城が崩れていきます。
ここは『叛逆』の「ほむらvs.マミ」ほどの盛り上がりはありませんでしたが、自分の創った世界を利用して攻撃する手法は納得感ありましたね。
あと、本人の身体能力が高いわけではなく、複数人相手だと普通に劣勢なのも。
主要メンバー5人の中でも、まどかの身のこなしがやけに優雅なことを踏まえると最弱かもしれない、そんな認識です。

ここからはそれぞれの勢力が暗躍するパートで地味ながら結構面白かったです。
キュゥべぇは『ワス』たちに協力を持ち掛け、紫丁香・セルマは杏子、まどか、マミ&ナギサに接触し懐柔。
ほむらはさやかを連れ出し、『ワス』を出し抜くことに。

新キャラを既存キャラと紐づけ対比させて描いてくれたことがまず嬉しかったです。
ぽっと出のキャラが勝手に暴れだす、じゃぁ面白くありませんから。
その後の戦闘も基本1v1の構図だったのが新鮮で、新キャラ三人にも既存キャラにもスポットライトをあてながら進行してくれて最高でした。



紫丁香について

まず紫丁香と杏子。
魔法少女の在り方については共感しつつも、「魔法少女となった経緯」「絶望に至った過程」それら全てに強く愛着を持っているように見える紫丁香。
自身の過去を忘れて今を楽しんでいる杏子に(&まどかにも)激しい憤りを見せます。
この辺りで『廻天』の序盤から杏子が杏子らしくなかったのを思い出していました。
そういや一回も林檎かじってなかったな……とか、食べ物を粗末にするわけないわな……とか。

そら『今の杏子』の方が幸せで健全な女子中学生だと思いますよ、不幸な過去に縛られるぐらいなら全て忘れて生きられた方が幸せかもしれない。
…………それでいいのか『佐倉杏子』、紫丁香の口ぶりからはそんな怒りが感じ取られて非常に好感が持てました。
ここのやりとりは「P5R」の丸喜世界の是非と同じ問いのように思えます。
自身の不都合な過去は消してもらって、誰かに造られた幸せを謳歌する、それでお前はお前足りえるのかと。
紫丁香自身が「魔法少女」という存在を特別視していそうなのも相まって、「お前は私と同じ選択した人間だろう?」「そんな大事なものを忘れてどうするんだ」そんな哀しみが。

別に紫丁香が正しいとも自分は思っていませんがね、幸せな『世界』を選ぶことも間違ってはいない。
どちらかというと、自分の感情に突き動かされて不機嫌に飛び出してしまった紫丁香に「10代の少女だな~」を感じて愛しく思えた、って話でした。

そんなこんなで紫丁香は魔女の姿で杏子とまどかを襲います。
魔女となる結果を消してしまう『円環の理』を憎んでいて、まどかを〇して『円環の理』をぶっ壊したい、自分の眼にはそう映りました。
自暴自棄になった優しい子を、しょうがねぇなと命がけで止めに入る、杏子はどこまで行っても不運なお人好しで最高だなと痛感させられます。



セルマについて

次にセルマとなぎさ。
お調子者どおし遊園地で楽しく遊んでいた2人ですが、景色が一変、悪辣な見世物に変わってしまいました。
磔になったマスコットにトマトをぶつける、そのシーンでセルマは「他人の喜びを学んだ」「誰かを虐げるときに人は最も喜ぶ」的なセリフを言ってた気が。
それを聴きながら自分の脳裏にあったのは言峰綺礼、世間の人々と同じ価値観を持てずに苦しみ抜いた男の姿と重なりました。
直前にシスター服のセルマが映ったこともあって、「人並み以上に高潔であることを求められ、そうなれない自分に苦しんだ過去が今のセルマを作った」そのように解釈しています。
そういった人が綺礼のように道を踏み外す覚悟が出来るものは稀で*11、人に成りえない者なりに「せめて人に、社会に役立てることを」と発想するほうが自然でしょう。
ですので、セルマの本心が理解できたとは言えませんが、作中の言動には非常に納得がいきました。

それに便乗することはしなかったなぎさ、舞台にあげられても興ざめだと立ち去ります。
意志のつぇ~女の子だよ、なぎさは。

散々無知無知アピしておいて申し訳ないのですが、自分は『廻天』観劇前にマギレコの「百江なぎさは願いを叶えた」というタイトルのストーリーをYoutubeで視聴しています。

〇「百江なぎさは願いを叶えた」の感想に脱線 SNSでたまたま「マギレコのこの話観てないとなぎさのこと分かんなくね」というネタバレにならない程度のありがたい助言を見かけまして。
確かに『叛逆』では「お菓子の魔女」になる前の姿ってことしか分かんなかったしなと。
ちなみに『廻天』のなぎさがマギレコのなぎさと完全に同じ、って訳でも無いようなのですが、あんま漁るとネタバレ踏みそうだったのでそこで思考を止めた次第です。

普通にサウンドノベルとして秀逸で恐ろしい出来だったのは横に置いといて……ストーリーの大まかな筋書はこんな感じ。
「母は元芸能人だが病床に伏せっている、父は長らく帰ってこない」「家はごみ屋敷、学校でも浮いている」「母から虐待を受けているが、それでも母からの愛を欲しがった」
「これ以上”いい子”でいたくないから、魔法少女にもなりたくない」「異質な魔法少女と出会い、自由に生きる道を示される」「最後に母に恩を売って愛してもらおうとする」
「母の願いは救うことではなく呪うこと、自身の存在が母にとっての『呪い』だったと知る」「母に意趣返しをするはずが、先述の魔法少女に先を越される」

なんかもう…………きついわなぁ…………。
『TV版』の少女たちの絶望は、行き違いや不安定さの果てという形で不快感はありませんでしたが。
身勝手な大人に圧し潰されてる子供はほんとに………… はぁ…………。
まぁ正直露悪が酷くて好きなお話とは言い難いんですが、これがなぎさの人生でしたと言われてしまったら受け止めるしかない…………。

ちらっと見かけた考察に「なぎさがチーズを生み出せないのは、チーズ=母の好物・母の愛だから」とかもあって…… はぁ~あ、やってらんないよね。


これを受けて自分の中での『百江なぎさ』という人物像は、
・幼い言動とは裏腹に、周囲をよく観察し、顔色を伺うのが得意になってしまった女の子。
・”いい子”であることを苦々しく思いながらも執着していたが、そこから解放されると同時に、達観したものの見方ができるようになった。
ってところでしょうか。
端的に言えば「他者への理解に長けているが、自分の気持ちを優先することにした女の子」ってことになります。
……ちょっと私好みのキャラクターすぎるかも。

これを踏まえると、セルマとなぎさって似ているようで真逆の性質のように思えてきます。
愛してもらうために役に立とうとしたセルマ、役に立っても愛してもらえないと悟ったなぎさ。
その後のなぎさの口上が最高に痺れるもので、「役立たずのままでいて欲しかった」はもうぱっと見びっくりするぐらいの悪口なんですが。
ことセルマとなぎさの文脈上では、「あなたはあなたのままで十分だった」という慰めになるんですよねぇ~~~。
マジでずっとカッコよかったっす、なぎさちゃん。



こういった対比があるおかげで、対決の構図がよりドラマティックなものとなりました。
まどかの『円環の理』からこぼれてしまった異端分子、『円環の理』の不完全性を証明する存在として登場してくれて良かった。
その外れ値らしさも表現されていて非常に興味深かったです。



「名塚底根」~ セルマ&魔女戦まで

話をほむら・さやかに移しましょう。
ここで頼るのがさやかってのもねぇ~~~~いいよね~~~~~~~!!!!
『叛逆』のときは杏子でしたが、今回はほむらの事情を一番把握している(できる可能性がある)者として頼りにされるのが美樹さやかなんですね~~~~。

2人で『ワス』たちのアジト「名塚底根」に忍び込みます。
そこでキュゥべぇからの説明もあり、「宇宙の外側」に存在し、”魔女に名を与える場所”であることが明かされます。
トンデモ設定ではあるのですが…… いかんせん『円環の理』だの、悪魔だの………… 無茶苦茶やった前例があるので全然信用できちゃう…………。

戻ってきた『ワス』の正体を暴き、自身の魔女の姿を思い出したさやかの力を借りながらほむらは脱出を図る。
ここ面白かったね~~~!「え?!!こんな大事な設定明かしちゃっていいんだ!!?!?!!!」って。
そりゃ明かしちゃっていいわな、公式の続編だもんな、何年続いてるIPなんだよって話ですよね。
ここは長く追っているファンでしか分からない感覚になりそうなのでここぐらいにして。
魔女の力を繰る美樹さやかやっぱ格好いい………… でも相手が相手で押され気味なのも仕方ない。
あと、さやかの「説明してよ!」に対する返事が、「後で忘れさせてあげるから」なのマジで暁美ほむら最高~~~~~♪

なんとか逃げ出した先で、紫丁香と杏子を回収したマミたちと合流。
舞台はvs.セルマ&「救済の魔女」へと移っていく。



「人の役に立ちたい」セルマの究極の障害として『円環の理』を据えるのがなんとも粋。
そこに嫉妬の感情もあるからこそ、セルマもまた紫丁香と同様『円環の理』をぶち壊すためにここまでたどり着いたようだ。
新キャラ3人がそれぞれ全く違った目的で集まってるのマジで熱い!
まさに『円環の理』に救われなかった逸れ者たちって感じで。

ここで一度足を止めるさやかのシーンが挟まるのですが、本当にありがとう。
正直お話の流れとしては端折っても全然良かった部分なんですが、入れてくれたことも、その説得に向かうのがなぎさなのもマジで嬉しいありがたい。
さやかの言う通り「誰が敵で、何が正しくて、何のために戦っているのか」もうめちゃくちゃな状況です。
そこで勢いに任せず、足を止めて思考できちゃう美樹さやかを私は誇らしく思います。

「やりたいようにやればいい、自分はそうしている、あなたは?」そう平然と返せるなぎさも本当に大好き。
不安定な少女たちの中で、なぎさは自身のためという正義が一本貫いていて、だからこそブレずに身を任せられる。
さやかちゃんがそうあるべきとも思いませんし、いろんな人に寄り添ってブレブレなのもそのひとの良さに違いありません。
それでもなぎさの言葉は、ただ少しだけ自分の心に素直になって、一歩踏み出す勇気をくれた。
いつの日か、なぎさが誰かに貰った救いの言葉と同じように。

激戦の果てにセルマのソウルジェムを破壊、まどかを救い出すことに成功。
その過程で『ワス』は自分の探していた”マルグリート”のことを、自身の過去と一緒に思い出します。



『ワス』について

いや~~~『ワス』、もといマルグリートの因果もあまりに不憫でたまりませんでした…………!
愛では救われない命があることを知り、それでも自分にできることとして「魔法少女を苦しみから救う」力*12を得た少女。
魔法少女が一人の人間のままでいるために、今際の際まで名前を呼び続ける、しかしその重責は到底一人で背負えるものではなく…………。
全てを救おうとして「魔法少女に名を与える・記録する」その機能だけが歪んだ形として残ったのが「名塚底根」。
そして名を与えきれなかった魔法少女たちの魂と同化して、個の人格を保てなくなったのが「ワルプルギスの夜」であり『ワス』である。

この怒涛の設定開示が、少なくとも自分にとってはすんなり腹落ちする説明だったのも心地よかったです。
「ワルプルギスの夜」そして「名塚底根」、どちらもまど・ほむの世界改変並みの偉業です。
そこの理由付けとして「それまでの魔法少女の魂を全部集めたからできちゃいましたテヘペロ」は非常に納得できる。
まど・ほむも「時間繰り返す度にまどかの因果が強くなっちゃってたテヘペロ」だったので。

また、その叶え方がマルグリートにとって望まぬ形っぽいのも、聖杯とか猿の手みたいで素晴らしい。
身に余る奇跡を望めば、それに対する対価もおのずと要求されるのが世の理ですな。


ってことで個を失ってしまった『ワス』は、自分の名前を呼んでくれるものとしての”マルグリート”を探し彷徨い、鹿目まどかを見つけた。
だから、鹿目まどかの運命は「ワルプルギスの夜」と切り離せなかったんですね!(∞敗)
救世を果たした鹿目まどかに憧れる気持ちが、暁美ほむらと重なり、その姿を真似て現界することになりましたと。
理由付けがうますぎます!



まどかとほむら

そんな『ワス』ちゃんのことも、正気に戻った(戻りすぎた?)まどかは抱きしめ救ってみせます。
魔女化が解けたまどかはすべてを思い出し、『円環の理』に戻ってしまっていたのでした。
(これ以降の解釈は多分に妄想を含んでしまっているかと思いますので、気になる点がございましたら優しくご教示していただけると幸いです)

ここが自分読み取り損ねている気がしてならないのですが、
・『TV版』終了時、『叛逆』で迎えに来た『円環の理』にはまだまどかの自我がうっすら残っていた。
・『叛逆』によってまどかの自我を切り離してしまったこと、もしくは経年劣化でまどかの自我が壊れてしまった(そもそもほむらの思い描く「まどか」では無かった?)。
・今『廻天』世界に居るまどかは『円環の理』と同じ存在となってしまっている。
そんな風に自分は受け取りました。

まどかの矢で射貫かれた暁美ほむらは、それを明確な「鹿目まどかからの拒絶」と受け取り、膝が折れ屈してしまう。
自分のせいでこうなってしまったと、これまでのまどかとの思い出がバックに流れる中でウジウジ自責を重ねます…………。



ここで喝を入れるのが美樹さやかなんですよねぇええええええええ!!!!!!!!!Foooooooooooooo!!!!!!!!!!!!
この映画で最高に熱くて最上に涙したシーンでした!!!!

「お前だけは!!!」これ以上に説得力のある言葉はありません!
これに周囲がつき合わされた『TV版』『叛逆』、そして『廻天』の物語ですからね!

ここもふんわり理解なのですが、さやか・なぎさ以外の面々もこの「まどかとの思い出振り返りプロジェクションマッピング」で大体の事情を把握したってことなんでしょうかね。
それぞれがそれぞれの言葉で、『円環の理』を受け容れるんじゃなく、お前の愛した「鹿目まどか」を取り戻せ! そう背を押してくれました。
またここに紫丁香と『ワス』もいるのが最高に素敵で………… 彼女たちもこの世界に来た時までは『円環の理』を追っていたはず。
しかし紫丁香は魔女の姿の自分も抱きしめてもらって、『ワス』は自分と自分の中に居るたくさんの魂も抱きしめてもらって…………。
彼女たちを救ったのは『円環の理』というシステムではなく、その中に存在した暖かい少女「鹿目まどか」に違いありません。

まどかをほむらが取り戻すことになれば、新キャラ3人にとっては計画失敗となります。
『廻天』の冒頭の世界に戻ることになり、不完全な『円環の理』を許容することになりますから。
…………それでもいい。 自分の救いよりも、自分を救ってくれた少女の存在を優先したい。
言葉こそなかったものの、ふてくされているようで納得しているようなセルマの表情からも同意が伺えます。
彼女たちは最後ソウルジェムだけ残して消えてしまう、『円環の理』のシステムに組み込まれることを承知した演出、そのように自分は捉えました。



暁美ほむらは、みんなに背を押されてようやく自分のエゴを肯定し、自分のために立ち上がることができました。

個人的には「やっと言えたじゃねぇか……!」って爽快感がありました。
まどかのため?世界のため? いいや、私のためにあなたが欲しいんだ!!!
そりゃ神の目線で見ている我々からすれば「今さら?」なんですけど、そこをいつまでも割り切れなかったのがほむらの臆病さであり可愛げであり優しさであり、まどかとの違いなんですよ。

まどかは自分のエゴでほむらを救い世界を救った。
その我儘に自覚的で、「私を助けてあげて」「こんな私を許してね」なんてほむらに甘えられるのがまどか。
自分のエゴでまどかを救う、そのことをいつまでも悩み続け迷い続けるのがほむら。
この不安定さが、悪ぶったところでエゴに振り切れないのが暁美ほむらの可愛いところじゃないですか。

これでようやく鹿目まどかと本心から向かい合うことができました。
こっから一転攻勢や!!
吹っ切れた暁美ほむらは最強や!!!



かと思ったら、天上のふしぎ空間でまどかはほむらを膝枕し、優しく語りかけて消えてしまいます。
残されたほむらは笑顔で眠っている。
現実世界のほむらは『円環の理』に圧し負け敗北。
まどかは『円環の理』と言葉を交わした後、背を向けたように見えつつも両者消えてエンディングへ…………。



こ、これが「まどマギ」の締め方かぁ~~~~~~!
『TV版』『叛逆』とで視聴者を置き去りにする意味深な引きをする作品だと再認識していたはずですが、リアルに食らったのは初めてで戸惑いつつも嬉しかったです。

まどかがほむらにかけた言葉の真意は?
天上の世界の見滝原はなんだったのか?
最後まどかがつぶやいた言葉は?『円環の理』は?
キュゥべぇと「名塚底根」は?トカゲさん電話を取ったのは?? ?????



なぁんにもわかんない。 のでいろいろ考えながら生きていこうと思います。
まだ「まどマギ」に触れて数日の、今後もゆる~く追いかけようと思ってるクソにわかですが、最新の「まどマギ」を咀嚼する皆さんの末席を汚させていただきます。
答えを与えられなくても自分なりに答えを出す、そんな強ぇヲタクで在りたいよな。





おまけ

ってことで、『廻天』の感想はこの辺りで終わります。
考察ではなく感想なので、映画を観て「楽しかった!」「面白かった!!」部分だけでも書き残すことができて満足しています。

〇と言いつつも考察(願望)を垂れ流したくなっちゃったので追記

終盤まどかとほむらのベンチ辺りの考察、というよりも「こうだったらいいなぁ~~~」って願望を書いときます。
あそこで、まどかがほむらに「理想的な世界でなくてもいい?」みたいなこと話しかけてて。
それって”ほむらの望み(まどかの存在を残したい)が叶わない世界”=『TV版』で創った『円環の理』に戻る選択、と捉えることができます。

ただ私には”まどかの望み(すべての魔法少女を救う)が叶わない世界”=まどかが戻ってくる代わりに何かを諦める選択、と捉えることもできる気がして。
「私が『円環の理』やめちゃっても、魔法少女のみんなは許してくれるかな?」的な。


そもそもまどかの自己実現の形として、セルマほど偏執的でないにしろ、「誰かの役に立てる、特別な存在になりたい」が『TV版』の初期からありましたよね。
そのまどか自身のエゴを『円環の理』という存在になることで叶えた。

『廻天』でのほむらの叫びでようやく「あなたが犠牲にならなくてもいい」「戻ってきて欲しい」そんな声がまどかに届いた。
まどか自身も自分の選択を振り返るようになった。

これがそのまま『円環の理』の否定に繋がるのかとか、じゃあなんで涙して消えちゃったのかとかは、分かりません。
後処理に追われているとか、別の解決策を探すとか、何とでもやりようがある気はしますが、そうするかは作り手次第なので。
ただ、『円環の理』に言葉をかけてから背を向けたこと、トカゲさん電話を取ったのがアルティメットまどか?の神聖な手に見えたのもあって、今度はまどかが自分のエゴと周囲の愛とに折り合いつけるべく奔走するのかなって。して欲しいなって。



ここまで全部妄想で願望です。
みんなの声はまどかに届いたけど、それでもまどかは『円環の理』に帰っていった。
こちらの方がブレずにスッキリお話がまとまりますよね。
悪魔ほむらがまどかの人格を引きはがしたように、『円環の理』まどかがほむらの執着を引きはがした、みたいな考察も納得いくお話ではあります。



なのでこれはただただ私の好みのお話です。
誰か一人が犠牲になるビターエンドよりも、全員助けて全部解決するハッピーエンドを模索してほしい。
そんな駄々をこねるような、お花畑な願望です。

ほむらが自分の殻を破って、ようやく本心をまどかに曝け出すことができた。
それによって、まどかにも何かしら変化があってほしい、そう期待しているだけでしかありません。
いや~早く続編来ないかなぁ~~~~~笑


本作に思うところが無かった訳ではない(謎バレリーナはほんま謎「ワルプルギスの夜」のモチーフとか?)ですが。
もっと奇天烈なものがお出しされて置いていかれる心配が強かったので、「わりと観たいものが観れた!」って感動が勝っています。


巷ではいろいろな評判が見受けられて、にわかな自分には楽しめないかもな~……なんてビビっていたのですが、むしろにわかが功を奏したのかもしれません。
これからも最高な作品のほんの一握りでも味わえるよう、自分自身のヲタク見識を磨き続けて、健康に生きて参る所存です。



うっし、自分の感想出力したから皆の感想・考察読み漁れるぜ〜~〜!
話題作をリアタイするのはこの瞬間がたまらんのよな〜~♪
世間の聡明オタク達と未熟な自分とのズレを認識するこの瞬間がヨォ〜~〜~!!!
うっひょ~〜~⤴⤴⤴⤴⤴




*1:他所の界隈から流れてくる話はだいたい炎上、というSNSあるある

*2:TV版は見たことありましたが『叛逆』はほぼ初めてでした
映画が公開された13年前だと、映画を観る機会は劇場かDVDかぐらいでハードル高かったからかも
商業としてはともかく、視聴者としては気軽にサブスクで観られる良い時代になりましたね……

*3:私個人の価値観としては「人間ならブレることも一貫性がないことも当たり前に存在する」と捉えています
なので、自身が感じたノイズとしょっちゅうバトってます
「そりゃ不自然だろ!」「いやいやこういう心境なら違った一面が……」なぁんて

*4:身体のことについて知っていたらどうしたのでしょうね……
自分はそれでも上条くんのために願いを叶えたんじゃないかなと思います
もちろん、結ばれることを諦めたうえで

*5:魔法少女なりたての頃に「正義の味方になる」と宣言
自分だけのものでなくなった上条くんと変に距離を置いてしまう
杏子の話に同調せず、リンゴの窃盗を咎める
酷いことを思ったり言ったりした後に自戒する
などなど、美樹さやかは社会通念上の良識に従う”賢い良い子”だと捉えています
もっと自由に生きた方が……と思ってしまうくらいの良い子

*6:自分はペルソナ3を思い出してました
悲しいけど仕方ないよね……、そうやって飲み込むタイプのビターエンド

*7:斎藤千和さんの演技も神がかっていました!
無垢な少女から我らの良く知る擦り切れてしまった少女に
絶望から希望まで凄まじいジェットコースターをよく演じきったなと感心しきりです

*8:自分は『円環の理』をFateの『英霊の座』と似たシステムだと認識しているのですが……合ってますかね?
『TV版』の時点では魂が召される場所ってイメージで、現世にこんな形で召喚されるものとは思ってなかったんですけれども……
通っててよかったFate、理解がスムーズに進む

*9:丸喜拓人を背負って生きている人間としてはどうしても重ねずにはいられなかった
どれだけ善意からのものだろうと、誰かを犠牲に成り立つ幸せな世界を肯定したくはない
犠牲の多寡、価値の増減なんかで測るもんじゃない
まどかには「あなたが隣にいて欲しい」と言ってくれるほむらが居て良かったね
丸喜のことは俺が愛し続けます、俺のエゴで

*10:ちなみに「しちょうか」は聞き取れたものの、「セルマ」はいまいち頭に残らず、しばらく「エルモみたいな名前の娘」で覚えてました

*11:アレも英雄王という常軌を逸した規格外に出会ってしまったからでしょうし

*12:ここの描写、明らかにグリーフシードの吸い方ですよね
これを元にキュゥべぇたちが開発したのかな
でもキュゥべぇたちに得が無くね?と思い調べたところ、「グリーフシードが一定量以上の穢れを吸うと魔女が孵化する」との記述が
つまり魔法少女には「こうすれば助かるよ~」と解決策として提示しつつ、裏で魔女を孵化させてた……ってコト⁉
だとしたら相当あくどいぜ……

「炎と影」編 第2章の美しさを語りたい

「炎と影編」第2章が2026.08.19に実装されました。

第1章の引きから、洗脳された当人たちよりも、それと対峙する下級生たちがどうなってしまうのか、心が壊れてしまわないかそれが心配でなりませんでした。

加えて言えば、私はブルーアーカイブに実装されているゲヘナ関連のストーリーがほぼほぼ刺さっていません。
あんな癖ツヨ食材盛り合わせを納得のいく一品に仕上げてくれるのか、正直不安の方が勝っていました。

けれど、読破した今ではそれらはただの杞憂に終わりました。
メインストーリーの中でもトップクラスに愛を感じさせてくれるお話となってくれて、本当に嬉しいです。

上級生との絆も、洗脳による確執も、それぞれが何を大事にしてきたのかも……
私の期待していたほとんどを見せてくれた「炎と影」編 第2章の美しさ、もといここ好きポイントを挙げていきます。







変わってしまった3年生

はじまりは『真のNKウルトラ計画』についてサツキが語るシーン。

京極サツキが唯一洗脳を免れ、仲間でいてくれることのありがたさたるや。
夏イベから有能描写が止まりません。

カヨコの影が熱すぎ

サツキの信念や覚悟も見えてきて、絆ストーリーを通っていない先生にも彼女の善性が伝わったことでしょう。
ほんとに優しい天使みたいな子なんですサツキは…………。

そのサツキの口から語られる羽沼マコトの厄介さ。
マコト通常衣装の絆ストの描写から、マコトが「プライド」や「こだわり」を捨てればただただ優秀なリーダーになれると私は捉えています。
その「プライド」こそがマコト自身の大事なもの(ゲヘナの自由)を守るために譲ってはいけない部分なのが……もどかしい……。

それを捨て去った瞬間「各学校の首脳部に電撃戦」「すべての物資、人員を管理・徴用」と全く無駄のない体制となってしまいました。
マコト、お前だったのか。いつも無駄な浪費を重ねて自由なゲヘナとキヴォトスの均衡を守ってくれていたのは。
(実際ヒナや風紀委員会への嫌がらせは力を持たせすぎないようにすることが目的だと私は捉えている。それの良し悪し、得手不得手は置いといて。)

ここで水着イベでの「マコトの思い込みバフ」の描写も生きてきます。
何を持ちえないんだ……羽沼マコト…………

「名前を被せることで、存在ごと上書き」

名前が存在を規定し力を与える(と私が勝手に妄想している)キヴォトスにおいて、あまりにも効果的な作戦で大好き。

先生が”シャーレ”として介入するルートを前もって牽制することで、ゲヘナ内で完結する物語だと明言してくれたのも嬉しかった!
それをエンタメ的な都合だけでなく、「自治権」の話に落とし込むのがアビドス1・2章を感じて熱い!
これ以降も『予想外の助っ人』を考慮から外して、集中して読み進めることができました。
(それでもぎりぎりまで便利屋ワンチャンを考えてしまっていたけど)

別れ際のイオリが健気で不憫で……。

イオリの幼気な譲歩と、それでは何も解決しない現実とのギャップが苦しい。

以降は、先生や下級生たちの現状把握とレジスタンス発足。
”いつも通り”なのに”変わってしまった”先輩との会話が多く、苦しかった…………

この先輩たちはさぁ……こんなに嬉しい言葉を、こんなに嬉しくないタイミングで言ってくれちゃってさぁ!!
口数の少ないセナ、普段何も考えて無さそうなマコト、そんな2人も内心では多くのことを考え、悩み、乗り越えてきている。
訣別の時だからこそ出てきた本音なのでしょうが、深層の心根は”変わっていない”のがまたツラい…………。

変化してしまったのはモブちゃんたちも同様で、「ゲヘナらしい楽観」を持ちえたまま、時勢に流される姿は見ていられませんでした。

「トリニティの本館、ミレニアムタワー、百鬼夜行の神木」

こう並べたときに圧倒的に嫌悪感を募らせるのが神木、というのは日本人ゆえなのだろうか。
神聖なものに危害を加えること・加えられることに生理的嫌悪を覚えてしまいます。
それに加えてイズナのイベント等での思い出が詰まった場所だからかもしれません。
「柴関ラーメン」だとか「スズメ亭」だとかと同様に……ってか思い出すたびに荒療治だな柴関爆破……。

一緒に出てきた『貢献ポイント』もだいぶキショい
民間人からすると一見得するような、変化を受け入れさせるための餌*1なのがほんまにディストピア。



閑話休題。
ここで「先輩たちにも何か考えが……」「先輩たちについていけば大丈夫」のあたりがめちゃくちゃ嫌な解像度の高さでした。
いつぞやの本邦かな?世界史の教科書かな?
考えること、責任を取ることをやめた時点で、それはあなた自身の人生ではなくなってしまう。

もちろん心を守るために、擦り切れてしまわないように、ある程度の防衛は必要ですけどね…………。
だから先生が教え説いて回る必要があったんですね!

大きなうねりの中で、ただ闇雲に声をあげるのは無意味かもしれない、疲れるだけかもしれない。
であるからこそ! よく考えて選択のできる人間になっていきたいものですね……(自戒)。



この流れは当然、ゲヘナ再興委員会を飲み込んでいきます。
いつのまにか眼鏡をはずしウキウキで参謀として参画するショウコ。
言語化しきれずも強い違和感を抱いているマユミとカレン。

ここで再登場した万魔殿3年モブ生徒の脳破壊が実に嫌らしかった。
再興委員会とは違う意見を持ちつつも、後輩の活動を応援し、それでいて信念はひけらかさない、素敵な3年生。
それが自分の意見も信念もない、薄っぺらいモブになってしまっていました。
他の部活の子たちと違い、再興委員会には縦の関係がないので、こんな形で回収してくるのかと舌を巻きました。



その後、万魔殿に直談判するも暖簾に腕押し。
ショウコも完全に作戦参謀として成ってしまい、マユミとカレンは引き下がることに。

その一部始終を見ていたイロハが切り込みます。

いつまでも泣いているイロハさんではありません。
未練を残しつつも、惚れた女にNOを突きつけられるイロハは偉いよ。
マコトのダメさ加減をよく知っているからこそ、「冗談でもこんなことは言わない」と自分が信じるマコトを信じる、実にグレンラガン!
このお話のサブタイトルの時点で熱かったんですが、イロハが回収するとは想像していなかったので胸を打たれました。

マコトの方はというと、惜しみながらも去るもの追わず、処罰を提案されてもはねのけます。
ショウコの姦計に流されないマコトメロすぎ……!
でもイブキを泣かせてそのまま出ていくマコトは見とうなかった…………。



ここでようやく、第1章終了時点で一番気がかりだった、温泉開発部が登場します。
ここも他と変わらず、ゲヘナ上層部の心変わりに振り回されている様子、しかも建設の腕を買われて便利に使われている。
それを当然快く思わないカスミであったが、”変わってしまった”メグの言葉を否定することはできていませんでした。

カスミの乾いた笑い声が、虚勢でしかない独り言が胸に刺さる……

そんな場面にちょうどよく駆けつける先生、ほんとうにありがとう!!
今回ゲヘナメインストの先生は行くべき場所に行き、かけるべき言葉をかけてくれるのでほんとうにありがたい。

先生の憔悴を察して例のごとく煙に巻こうとするカスミ、例になく強い口調で引き留める先生、2人の良さ全開でたまりません!!
すべての絡みを極上にしてくれる女・鬼怒川カスミ

メグの変化を明確に感じつつも、自分が勝手に相手を推し量ってよいものか、思い悩むカスミ。
メグの望みをかなえる悪魔であるカスミだが、決して盲目なわけではない。
大事な人だからこそよく観察しているし、違和感にも気づける。
これはカスミからメグへの愛でもあるし、メグや温泉開発部と接してきたカスミ自身の変化のようにも思えます。

カスミのこの表情に狂わされる

カスミはメグや温泉開発部だけでなく、先生やイチカなどなど、他人と接する際に相手の事情を洞察し、誘導したり利用したりが非常に得意で、習慣という名の悪癖にすらなっています。
そしてそれを自覚し、「自身の本性は汚いもの」「悪役がお似合いである」と卑下するような言動が見られます。
それは出自によるものか、護身によるものか、能力によるものか…… いずれにせよ、本心を推察し損得勘定で人を操ることがカスミにとっての当たり前です。
イチカやショウコといった性質の似ている面々とのコミュニケーションは手慣れており上機嫌にすら見えます。

一方で、情で動くメグや温泉開発部の突飛な行動、先生の底抜けにお花畑な理想論に面を食らっています。
*2
いつもの役者染みた高笑いではなく、心の隙間から漏れ聞こえてくるような微かな笑いが、分厚い殻の奥底にいる幼気な少女としての彼女を感じさせます。

そういった経験を経て「自分に見えているものが必ずしも正しいわけではない……かも」とカスミが考えられるようになっている。
これを彼女の成長だと私は感じています。
”正しさ”で言うなら、カスミの思想や判断は99割間違っていないと思います。
誰だって損得で動くことはあるし、自分のため他人のため組織のため、嘘やごまかしで上手に回そうとする面は少なからずあります。
そしてそのほとんどをカスミは”正しく”見抜くことができている。
でも…… それだけではないのかもしれない…………。
カスミにとっては信念とも生き方とも入れるような価値観が、メグたちの純粋な愛情と行動とで少しずつ変わってきているのを感じます。

こういう生徒の成長を感じられる瞬間が最高なんだよなぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!


つい気持ちが昂って脱線してしまいました。
話を戻しまして、先生の助言もあってか、カスミは自分の信じるメグを取り戻す決意を固めます。
感情論だけでなく『雷帝』の名前で一気に信憑性を増した、て理屈が大きそうなのもカスミの素敵なところ。

詩的ですき…………///

ここらへんアビドス3章を思い出していました。
本人に確かめようのない本心をどのように規定するか、結局は”信じる”しかないんですよね……。
ブルアカの同じテーマをいろんな形で描き、いろんな答えを見せてくれるところが大好きです。

カスミの過去も言及されるフラグが立ちました、メグとの出会いに至る経緯もぼんやりと浮かんできましたね。
続編ではバリバリの主人公として躍動するカスミが観てみたいものです。



カスミのヒアリングが終わり、先生は再興委員会の2人のもとへ。
不本意な展開に涙してしまう二人に声をかける先生、お前のことが好きだったんだよ!

カレンは初登場時からここまでも、ここからもずっと聡明で、周囲の子たちをよく見ていて、「この子がマユミの隣に居てくれて良かった」と何度思ったことか。
以前別の記事で書きましたが、

そんな頑張る誰かを、そしてそれを見つけてくれる誰かを、私は好きなのかもしれません。 
これがまさに再興委員会のマユミとカレンでした。
この後も要所要所でイケメンを発揮してくれるカレン、たまりません。



だんだんとレジスタンスが集結していく中で、元宮チアキも動き始めます。
記者の勘を頼りに、新顔であり明らかに場を回しているショウコとやり合います。

普段スクープを探し回っている彼女だからこそ、説得力があり、かつ核心を突く返答になっていて好き。
その後ショウコ自身認識していない弱みを引き出しつつ(これがあったからこそ後の先生とのやり取りが弱腰だった気がする)、レジスタンスに合流します。
レジスタンスの諜報担当として飛び回るチアキが容易に想像できて、期待以上の活躍で嬉しかったです。




見えた光明と最善の一手


場面はサツキの(情報部の)秘密部屋に。
先生といくつか言葉を交わし、閃きが下りてきてどうやら研究は順調のようです。
このシーンで一つ気になった台詞を。

私はてっきり、サツキは情報部所属でそのまま引き継いでるのだとばかり思っていました。
ですがこれは他に情報部所属の生徒が居たような口ぶりです。

情報部の考察 正直ゲヘナ3年生全員が候補に挙がりますが、中でも有力なのはカヨコとアコだと推測しています。
情報通としてのアコカヨ、特別な因縁のあるアコカヨ、これらを説明するのに一番しっくりくるからです。
マコトに関しては雷帝直属の組織には入ってなさそう……。
一方で、イブキ&便利屋ミニストーリーの方でマコトとカヨコの会話が意味深でした。

この前後から推察すると「カヨコは前生徒会を知っている&前生徒会の関係者」と思われます。
これが情報部も含んでいるのか、前生徒会自体に所属していたのか、どちらとも取れそうです。

まぁまぁ、ここの深堀は今後の更新に期待ですな!


レジスタンス組に光明が見えてきた一方で、気がかりなのは万魔殿に残されたイブキのこと。
イロハは退会、サツキチアキはスパイって感じでイブキだけ取り残されちゃいましたからね。
当然イロハは心配で様子を見に行くんですが、そこでのイブキが立派なこと!

夏イベに続き、どれだけ重たくつらい環境でも、相手のことを慮れるイブキが良い子すぎます。
イブキはイブキにできることを、イロハはイロハにできることを。
お互いの選択を尊重して、幸せな日常を取り戻すために、二人は別れます。

…………で済む話だと思っていたんですが…………。

あーあ。そんなことやっちゃうんだ。
もう無理だよ、おれ雷帝にも人の心があって、何かの行き違いでこうなってしまったのかもしれないと思っていたけれど。
これだけは本当に庇いようがない、これは本当に許せない。

今後雷帝が生徒として登場することがあったとして、汚い言葉で罵ることはしないと思います。
そうなったら、申谷カイのような生徒自身の生きづらさや心根を見せてくれるとは思うので。
それはそれとして、本当にこれは許せない。やっていることがベアおばと変わりません。

……雷帝への憤りは一旦脇に置いておいて、こうなってくるとイブキとマコトへの目線が変わってきてしまう。
以前私は「イブキは過度に喧嘩を恐れている」「なにか神性なりトラウマなりが関係している?」なんて予想していましたが、まさかこんな……。
拷問に協力させられ洗脳教育を受けていたイブキ、そして彼女に気丈に声をかけ続けたマコト…………。
オタクの妄想が止まらない、拷問を受けるマコトが痛みに耐えながら「お前に罪はない」と繰り返す、決して傷つけられない高潔な精神が見える…………

今のイブキに当時の記憶がどれだけ残っているかは分かりません。
あまりに苦しい記憶であるため、心を守るため、自ら蓋をしていることさえありえるでしょう。
でもマコトは…………間違いなくその時の記憶を持っている、持ったままイブキを背負って歩き続けている。

ここでまた、ブルアカの3点リーダーが作り出す見事な間が良い仕事をします。
贅沢なお願いなんだけどさぁ!!終盤の演説シーンだけじゃなくてここのやりとりだけでもフルボイスにしてくれねぇかなぁ!!!
アニメで……アニメで見たい………… くそぅ……俺が死ぬまでにこのシーンを聴くことができるんだろうか…………
生きねば…………。


閑話休題。
これで気がかりなく、対策を進められるっちゅうもんよ!
ってな感じで1・2年生たちがわいきゃい自己紹介も済ませつつ、まとまりかけたところで

そらまぁバレるわなぁ…………。
ショウコはともかく、ヒナちゃんの理詰めがあまりに筋が通っていて苦しい…………。
正義の御旗をふるうヒナを相手にするのはこれほどまでに足が竦むのか……(普段のヒナはもっと手加減してくれてそうだけど)。

ってのを見せたうえで言い返せるヤンキー・明楽カレン。
肝の据わり方ならキヴォトス随一かもしれない!!憧れる!!!
そしてそれを平然と抑え込めるヒナちゃんすごい!!こわい!!!

先生が間に入り一難を逃れるも、釘を刺されたうえでヒナちゃんとの個人面談に向かうことに。

いつものヒナちゃんと同じ思考回路で、いつものヒナちゃんは絶対に口にしない内容が飛び出すのほんまにキツかった。

自分の力を容赦なく振るうことのできる環境はさぞ心地いいだろう。
自身の行動の是非を組織に仮託して、迷わずに突き進めたらさぞ気も楽だろう。
でも私は、ゲヘナの風紀委員として迷いも憂いも抱えて、生徒一人にはあまりに重たい責任を引きずりながら、それでも善を為せる空崎ヒナが間違っていたなんて思えない。
ヒナ自身を疲弊させる間違った環境だったのかもしれない、けれど誰かの犠牲を許容して自分を救うなんて半人前でもなかった。
線をはみ出したら引き戻して、線の内側を守って、それで自分自身のやりたいことも見つけていく。
全部やれちゃう欲張りさんが空崎ヒナだっただろう。

そんなヒナのことを先生も尊敬し信頼している。
エデン条約でも最終編でもアビドス3章でも、ただの1生徒に期待する以上のものを先生は期待してしまっている。
ヒナの気高さに先生も脳焼かれてんだ、あの子みたいにありたい、あの子に恥じない”先生”でありたい、って。

ちょっと妄想も入っちゃいましたが、先生が一番堪えているのはヒナの変化で間違いありません。
精神的に追い詰められながらも、”先生”の役割を全うしようと踏ん張ります。

ここ、エデン条約でのナギちゃんへの台詞を思い出してグッときました。

“見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じてるんだと思う。”
“君を、そこから出してみせる。"

先生がそう言うことも想定したうえで、ヒナは先生を拘束・監禁します。

先生によって変わっていった筋書を誰よりも知っているヒナだからこそ、当然の対策かと思います。
むしろ出会って間もないショウコが先生の本質を捉え、早めに行動に移せているのが敵ながら天晴!ですな。
この物語において”先生”を封じるのがBADENDへの近道に違いありませんから。
(とは言いつつ、最近は先生の遺志を継いで動いてくれる生徒のおかげでハッピーエンドに書き換えられることも増えてきました、嬉しい)

ってことで次回、見慣れた牢獄。




牢に繋がれているのは

ここ次回予告で思ったことが先生と完全にシンクロして笑っちゃった
最終編?百花繚乱2章?以来の牢獄生活が始まりました。
先生としては歯がゆさもありつつ、なんとかなるっしょで落ち着いてそうなのもおもろい。

マコトの言うSNS統制はアロナには効かなそうだし、いざとなればアロプラに頼ることも考えていたはず。
でも、2章冒頭で「ゲヘナの問題はゲヘナが解決する」と同意した以上、奥の手の奥の手だろうなぁ。
この後の脱獄が成功しなければ、キヴォトスに化学兵器が降ってからの奥の手になってしまっていたかもしれません。
これが先生の弱みでもありますよね、理想を追求するが故に後手に回ることがある。

それによって生徒が傷ついてしまうかもしれない、けれど生徒を信じなければ守れないものもある。
そのダブスタで悩み続けるのが”先生”の業ですよ……クックックッ

面会に来るマコト、謝罪しつつも理解を求める姿は普段のマコトと重なります。

マコトの語るキヴォトス像にも理はあります。
それによって強者が虐げられることもいれば、弱者を救うこともあるでしょう。
より大きな権威によって、個人を均し、平等を実現する、それもまたひとつの理想郷でしょう。

それを良しとしないからこそ今の先生がいるわけですが。
先生は救世者ではないし、救世者を求めてもいない。
生徒一人一人がお互いを救う、たったひとつの救世者を立てることの何億倍も難しい理想を掲げる”先生”ですから。

この先生の短いセリフが、自分の『ゲヘナ嫌い』にもスーッと染み渡りました。
まぁ今回の状況は極端な例とはいえ、「残酷で自由なゲヘナ」に踏みつけられる人もいるとして、「平等で不自由なゲヘナ」が欲しいかと言われたら否だなと。*3
マコトの作った「自由なゲヘナ」でしか生まれない考えがある、自分らしく生きていける生徒がいる。
先生自身が「自由なゲヘナ」に振り回されている被害者とも言えるので、ある種”被害者からの赦し”の性質も帯びていて、先生自身から肯定する言葉を聴けてよかった。

ここに関してはブルアカのいつものお約束とも言えるかもしれません。
個人の理想の押しつけは、真実だろうと現実だろうと善意だろうと、同じく個人の想いを踏みにじるなら認めてはもらえない。
みんなで話し合って決めていこう、話し合いにならないかもしれないし何も決められないかもしれない、それでも諦めずに信じて話し合おうよ。
この原則が作品のど真ん中をぶち抜いてますブルーアーカイブ。
だからこそ、ショウコの計画がうまくいくわけないんですね(一敗)。

マコトが去った後、ショウコが訪ねてきて問答が始まります。
この会話が本当に大好きで、理屈だけで言うならショウコの方がずっと正しいんです。

キヴォトスを長く見てきた先生ほど、「自分探しをできる人たち」も「非効率の被害者となる子」もたくさん見てきたはずです。
前者の強さも後者の弱さも、そしてそのどちらもが”生徒”として健全に育っていくことのできる世界を望んだことも少なくないはず。
手段はともかく、ショウコの主張は理解できます、なんならそちらの方が”先生”の青臭い理想論より現実に近いでしょう。
どちらの世界にも犠牲となる生徒、不幸となる生徒は存在します。どちらが正解とは言い切れない。
でも、ショウコの語る世界で、『五十嵐ショウコ』は自分を見つけ”生徒”らしく生きていけるのでしょうか?

自分の主張を通すための詭弁と捉えることもできますが、理屈だけでこの言葉は出てこないと思います。
実際に心を擦り減らしたことのある人からしか出てこない言葉です。
ショウコは本当は…………なんて語るのも、勝手に他人の内心を規定する傲慢な行いかもしれませんが。

先生のかける言葉が本当に優しくて本当にありがたい…………。
「人間の本性は!」「世界の真実は!!」と息巻いたところで、ショウコはそれでいいの?
本当に救いたかった人に、助けたかった自分自身に、手を差し伸べることができるの?

つらく苦しい現実を受容するために「こんなものだ」と理想を捨てるのは、自傷行為を見ているようで気分が悪いです。
これはショウコの出自も関係しているでしょう、アリウスの「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。」を思い出します。
子供に諦めを教え込むおぞましさ、ショウコもそれに囚われている被害者なのでしょう。

一方で、これはフィクションの世界だけの話じゃないと思います。
現代の日本に生きる子供たちが理想を希望を抱いて生きてくれているのか、そう思える環境を我々大人たちが提供できているのか。
ブルアカで登場するたびに、他人事ではないと背筋が伸びる想いをしています。

話を戻しましょう。
ショウコの『そんな目』という表現がまた素晴らしい。
テキストだからこそ想像の余地がある、映像で伝えるのとも違った良さがあります。
この一連でグッと”生徒”としてのショウコの救済を願わずにはいられなくなりました。
ショウコにも信じてもらわなきゃな、『楽園エデン』を。

でも、それができるのはショウコ自身、周りは手助けすることしかできない。
彼女のこれからの人生に思いを馳せつつ、牢屋の外に話は移ります。




それぞれの抵抗

先生の拘束後も、それぞれの信念に基づいて動いてくれる生徒たちに感謝。
厳重なセキュリティの秘密基地ができているの面白いし、最後の砦になっているのが給食部なのも最高!

どんな状況においても、信念を胸に日常を守ってくれる愛清フウカさん、ほんまにありがとう。
ジュリ、今回ばかりはナイスアシスト。

それは本当にそう。
マコトに「生徒の自由を保障する」信条がある以上、特定の役割に生徒を誘導・派遣することもないのだと思います。
ここが同じくマコトの信条(?)である「ゲヘナの全責任は自分が背負う」こととバッティングするのでしょうね。
そら組織の運営に必須な役割はありますが、それを誰もやりたがらないことも往々にしてあるわけで……(現代社会の風刺かな?)

洗脳マコトはそれらよりも目的を優先できるので、適任な助っ人を送ることに。
それがまさか美食研究会だとは思いませんでした!
武闘派のイメージもある彼女たちは、てっきり武力を買われて後輩たちに立ち塞がるとばかり思っていました。

個人的にはこれが第2章における一番意外な配役で、かつ一番賞賛すべき配役だと思っています。
やっぱり本人の大事にしている価値観を踏みにじってこその尊厳破壊ですからね…………(暗黒微笑)
マコトが「自由なゲヘナ」を、ヒナが「風紀」を、メグが「温泉」*4を捨てたなら、ハルナは「美食」を捨てるのが最も美しい尊厳破壊に違いありません。
反吐が出るけど…… 自分の根源に改めて向き合う機会になりましたし、そのストレスが大きければ大きいほど束縛に抵抗する力も大きくなるはず。
最低で最高な采配でした、マコト様。

「喰積の~」イベスト中ですら味見に徹していた美食研究会が、手を動かして調理しているのも新鮮でした。
料理も作る側に回らないと分からないことが多いですし、ハルナやアカリは器用そうですし、今後も調理に挑戦する機会があってほしいです。
そんなハルナたちを日頃の行いのせいで不自然に思うに決まっているフウカは、ジュンコと耳打ちしつつボイコットを開始します。
前述のチアキ同様、すべてが同じだとつまらないと語る味の求道者・イズミが説得力の塊すぎました。

当然すぐにバレますが、代わりがいないのでどうしようもない、という元の結論に落ち着くことに。 ここでフウカを合理的に庇うハルナが、いつもの様子で嬉しいような寂しいような複雑な感情になりました。

迷惑かけていいのは俺たちだけ、強欲ツンデレライバル・アカリも好き

補給面で追い込まれてしまったマコトが選んだのは、すべてを無に帰す悪魔の道でした。
敵を追い込んでしまったがゆえに、余計事態が悪化するの少年漫画でアツいねぇ~~~!(言ってる場合じゃない)


ここで視点はレジスタンスに移ります。
キラキラ部の加勢もあって希望が見えてきた洗脳対策、給食部の抵抗により準備期間も確保できそう。
エリカの洞察力や機材知識、他者に近づく巧みな話術、どれをとっても一般生徒とは思えません。
どこぞの工作員出身だったりしませんか……?

今時のスパダリはシステム迂回もお手の物

朗報ばかりのレジスタンスに最悪の一報が届けられ、事態は急転直下。
出来立てほやほやの計画しかない状況で、決行するしかなくなりました。
こういう味方に有利なことばかりではないのが展開として自然で良いね。
ガバい作戦も状況を思えば仕方ない、という説明言い訳も兼ねられる。

物や状況はもちろん、精神的な覚悟も当然必要となりますが、待ってられる時間は無くなってしまいました。
現実的に考えてしまうイロハなどは足が止まってしまう、無理もない。
そこにきてカレンの挑発じみた確認、イオリとチナツの懸命さ、そしてサツキの鼓舞、どれもが最高でした。

できない可能性を考えてもキリがない、確実に成功する保証なんてない。
それなら無根拠に鼓舞して思い込む、奇しくも「雷帝の洗脳」と同じく、想いの強さを力に変える手法です。

このサツキの演説が夏イベでのマコトそっくりで、勝手に胸が熱くなっていました。
サツキの思い浮かべるリーダー像がマコトなのかなって。
肝心な時にしか頼りにならない先輩、最高だぜ!!

レジスタンスはそれぞれの役割を果たすため、散り散りに。

ヒナの意志は間違いなく後輩たちに受け継がれています。
かっこいいよ、イオリ。




心で打ち克つ

ヒナの身体がわずかに抵抗する

唐突に始まった美麗なムービー。
緊迫感を伝えるような褪せた色使い、音と動きの緩急、細部にまでこだわられた映像で本当にありがとうございます……!
身体が抵抗しリロードの手が止まる、その隙をついてイオリが至近狙撃、からの爆イケ羽沼マコト様…………最高です…………!!!

風紀委員会の布陣があまりにもヒナのEXスキルが刺さる形だったのは思わず笑っちゃったけど。
広場で闘ったのはヒナを挑発して引きずり出す&引き留めるためだったと考えています。
こちらの有利に闘う場を用意する時間はなく、放送室の別働隊の動きに気づかせないことが主目的なので。
それで瞬殺されちゃ本末転倒な気もしますが、増援が来るまでイオリは踏ん張っていますから目的は果たせています。
放送室の騒ぎがヒナの耳に届いたら全部無視して飛んでいけちゃいそうだもん、無法すぎる。

だから時間を稼ぐ目的がバレかねない賢い戦いではなく、後輩を撃てるもんなら撃ってみろと挑発するような陣形にしたのかなと。
隊列や銃撃戦について全く詳しくないので、頓珍漢なこと言ってたらすみません。
他の意図がありそうならコメントで指摘していただきたいです。


イオリはその後もヒナに決死の説得を試みます。

イオリの入部のいきさつも語られました。
イオリといい、イロハといい、苦労人ポジの子がなぜその部活に入ったのか、なぜ続けているのかに理由があるとグッときますね。
それがヒナの背中であるなら、そりゃ納得しちゃいます。かっこいいよな……憧れるよな……。
風紀委員会がイオリの居場所になってくれていることが何より嬉しいし、変わってしまった現状が苦しすぎる。
ここで4thPVの幸せスチルを持ってくるのつら…………。

イオリも限界が近づき、ふらついたところで真打登場。

ちょっとヒロインすぎるかも

先生に抱えられ、気が緩んでつい涙がこぼれちゃうのちょっとヒロインすぎるかも。
先生にアコちゃんも混じってやり取りは続きますが、「ヒナが平穏でいられる」そのアコの言葉に少し考え込んでしまう先生。
そこで横槍入れてくれる爆イケメンがこっちにもいるんだよね。

情に訴えておきながらやってることそれかよ、相手のペースに乗らずに主張を伝えられるカレンまじで漢。

そこに上機嫌なショウコも現れちゃって、一方的な勝利宣言が始まります。
ショウコが前線に出てくるの意外だったけど、この時点で遠隔操作効かなくなってるのかな?
別働隊がうまくやりすぎちゃって、ショウコには何も連絡入ってない感じか。
成功目前にして気分良くなっちゃったのかな?

そんなショウコにも変わらない先生。

変わらず先生が”先生”していて嬉しいよ。
ショウコの受けた”教育”がどんなものだったか具体的に明かされる日は来るのでしょうか。

そこから続々と集結するレジスタンス組、勝利を確信するとともに流れるまぬけなBGM。
これが洗脳を覚ます音楽であり、3年生たちにも効いているようですが…………。
対策を考えていない雷帝ではなかった。
洗脳が解除された場合、同時に精神を崩壊させるシステムになっており、痛みに苦しむ3年生たち。

責任転嫁して罵るショウコ、即座に言い返せる秩序・善の人チナツ、どちらも味があります。

先ほどまであんなにかっこよかったサツキが2択を迫られ狼狽えています。
私は彼女のこの優しさを愛しています。
彼女は決して強い人ではない、大義のために苦痛や犠牲を許容できる人ではない。
他人の痛みすら自分のことのように感じ、涙を流してしまうような優しい人。
そんな人がこんな状況で冷静でいられるはずがありません、それはそうなんだよ。

ショウコもそうです。
自暴自棄になって犠牲を許容すればいいのに、彼女は瞳を潤ませて現実を受け入れられていません。
「ゲヘナを偉大に」……雷帝を崇拝する気持ちから始まったのでしょうが、ゲヘナが崩壊してしまえばそれも水の泡です。
大事なところで感情が昂って動くことができない、ショウコもまたただの少女でしかないんですよ。



先生すらも答えを見つけられない極限状態で、動き出したのは彼女。
この場の誰よりも憎まれ口をたたきながらも、その実誰にも負けないほど信じている女の子。

悪態つきながらマコトの心に訴えかける、あまりにもヒロインで最高…………。
表情移さずに歩み寄って、頭を胸に埋めながら縋るように胸を叩く……。
否定から入って「それでも!!!」でぶち上げる、平成アニメのお作法すぎます!!

「やるときはやる」その証明に最終編のスチルが映っているのもグッときました。
理由はしょうもないことでしたが、突飛な発想で、でもそうしなければ救えなかった友人を咄嗟の判断で救ってみせました。
このたま~に見せるカリスマが、イロハの好きな羽沼マコトなのだと。

「パキッ」というブルアカの中でも屈指の大好き&大嫌いSE(殻を破る音か心が壊れる音かの2択なため)とともに、マコトの精神描写へ
ここの緩急がまじサウンドノベルで良かったぁ~~。

「マコトちゃん」と呼びかけたのは誰なんでしょうか。
青空の背景なので悪い人物と思えませんが……。
自分は雷帝を打ち破って、万魔殿を創ったばかりの頃のサツキをイメージしています。

それと雷帝の捨て台詞も良い、散り際に訳知り顔で晴れ晴れとした表情で呪いの言葉を残す。
胸糞悪い悪役はそうでなくっちゃ。

ここからはもうスーパーマコト様タイムです。
脳みそがトキめいて、あらゆる快楽物質が泉のごとく湧き出るのを止められなかった!!

洗脳による精神攻撃なら、頑強な精神によって打ち破ることができたのもまた道理。
この人はほんまに……こんな大変な状況になってようやく欲しい言葉をくれるんだから…………///
私は特にこの「少し待っていろ。」が大好きすぎます!
ヒロインの頭にポンと手を置いて、事態を収拾するため気力を振り絞るヒーローの姿が見えてしまいました。

そこからの演説もまぁお見事!!

ゲヘナ生を縛る鎖に打ち克つのが、マコトの創り上げた「自由なゲヘナ」なの展開が美しすぎる!!!!!
サービス開始からの伏線を回収された気分で、絶頂 of 絶頂。
この演説はゲヘナでしかできない、ゲヘナにしか通じない、ゲヘナだけの突破口。
「雷帝」と訣別した者が成した偉業を寿ぐほかありません………… すげぇよ、マコトは。

偉大な演説によって、次々と目を覚ます3年生たち。
正気に戻ってよかったね!で済ますには、残した傷痕はあまりにも大きく。

特に善人ほど立ち直れない、良心の呵責に圧し潰されそうで、この先が不安で仕方ありませんでした。
そちらは後日譚で回収してくれたので、ほんとうに感謝。



成すべきことを為してヒロインのもとに戻ってきたヒーローは、それだけでは我々オタクたちを許してくれません。

あ、あのマコト様が…………謝罪し、苦労を労った……だと…………?!!?!
命の危機にまで陥って決定的な仲違いをした夏イベですら「マコトちゃんが謝るわけない」(サツキ談)「マコトちゃんが反省するわけない」(サツキ談)と言われ、
負い目を誤魔化すために、手柄で報いようとしたぶきっちょマコト様が…………??!

そんな二度とはない機会に、イロハもこれまでの鬱憤を晴らします。
そんな場面でもこんのイケメンはハートをわしづかみにしてきます……!

あぁ~~~~~あ~~~~~~ぁ~~~~~~~~ああああ~~~~~あああ!!!!!!!!!!!
万魔殿ランド、建国~~~~~~~~~!!!
からの傾国~~~~~~~~~~~~~~!!!!!
からの建国~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!

脳汁が出すぎて身もだえる、致死量のメロですぜこいつぁ!!!!!
イロハからのアンサーもあり、無事結ばれました、末永くバカップルでいてくれ~~~~~~~

このための夏イベ、このために今までクソみてぇなマコトを見せる必要があったんですね……!



騒動が落ち着いて、首謀者のショウコが逃げた先には「トリガーハッピーゾーン」と再興委員会の2人。
原点に戻ってくる、王道であり因果なものですね…………。
ここで2人がなんと言葉をかけるのか心配だったのですが、

マユミはショウコのために泣いてくれるのか…… それが本当に嬉しかった。
傷つけられたショックもあるでしょうが、「ショウコにも何か事情が」そう寄り添ってくれる優しさをマユミが持っていてくれるならば…………。
そして、鈍い音と共にケジメをつけてくれたカレン。
まさにヤンキーのケジメのつけ方で、妙に清々しかったです。

ショウコが元鞘に戻れるのかは分かりませんが、この二人ならきっと、ショウコが素直に向き合えたならきっと…………。
そんな未来を期待させてくれる、よい締めでした。




償いと原点回帰

騒動は落ち着いたものの、当然3年生たちにはそれぞれの贖罪が待っています。
後輩たちは何も言わなくても許してくれて、時間が経てば笑い話になっていくでしょう。
ですのでこれは、自分が自分を赦せるか、そういった類の償いになるはずです。

ヒナは一連の謝罪と風紀委員長の辞任の会見を行います。
普段誰に対しても砕けた口調のヒナが、少しかしこまって丁寧な言葉を使っているのが可愛らしかったです。
(茶化せるような覚悟と決意ではない、本当にごめんなさい)
エデン条約編でのヒナの姿を思い出して、今のヒナにどれだけの自責の念が渦巻いているのか想像することもできません。
ヒナ…………。

そこに割って入ったのはマコト。
いつもの調子でありながら、いつもなら決して口にしないような言葉が飛び出します。

まじで名演説なんだけど、なぜだろう、さっきのイロハへの謝罪と違って軽薄に感じるのは。
普段風紀委員会を押さえつけているのは「自由なゲヘナ」に不要なものと捉えているからで、今回はそれを武力として利用してしまった。
ヒナが自分の行いを赦せなかったのと同じように、マコトも今回の行い全てを自分自身で赦せはしないのだろう。

一方で、マコトの強さはその失態を今後の行動で取り返そうとする面の皮の厚さ。
この豪胆さが政治家向きですよねぇ~、身内にいて欲しくはないけどリーダーとしては信じたくなる存在です。

〇ヒナの今後についての持論 実際、ここでヒナが引責辞任することで何の償いになるのでしょう。
問題児たちにとっては目の上のたんこぶかもしれませんが、ヒナがいなくなることを心から喜ばない気もします。
(「小夜曲」ではヒナ不在で大暴れでしたけど、正式に辞めるってなったら話変わりそう)
なので、やはりこれはヒナがヒナ自身を赦せないための辞任であり、それを認めないと引きずっていくマコトの強引さに救われる想いです。

ヒナには今後、より苦しい贖罪の日々が待っていると思います。
そこから逃げたところでヒナはそれを一生抱えて生きていく、忘れることなんてできないでしょう彼女は。
それならせめて償いを続けて、いつかヒナがヒナ自身を赦せる日が来ることを願ってしまうのは、外野の”先生”のエゴ……なのでしょうかね。

私はそもそも物語の中で罪を犯した人物に、贖罪の機会が与えられて欲しいと思ってしまう脳内お花畑の人間です。
それが裏切りや〇害であっても………… その人自身が罪を罪だと認識する以上は、償う機会があってほしい。
ですので、贖罪の機会を奪っておきながら「もう誰も覚えてないからいいよね」と漂白してしまうような筋書を嫌悪しています。

今のところブルアカにおいては、しっかりと罪の意識やその贖罪について描いてくれているので、今後も真正面から描き続けてもらいたいですな。

マコトの名演説とそれに沸くゲヘナ生たち、それが次世代に希望を繋いでいるのも素晴らしい。

これまで漠然としたイメージでしかなく、ショウコによって書き換えられた「偉大なゲヘナ」。
それが戻ってきた3年生たちによって、明確な目標として2人の眼に映ったのがあまりにも美しい。
イオリがヒナに憧れたように、2人にとっても目指すべき道標がはっきり定まった感動の瞬間でした。
RABBIT小隊の4人が自分たちの理想と目標とを見つけてくれたことが思い出されます。

ここからようやく「ゲヘナ再興委員会」が始まるんです。
名前をそのまま使うのもいいですよね。
カレンがショウコに複雑な感情抱いてるのも味があるし、名前の意味を上書きしようってのがマコトサツキとも重なるし。



全体としては一区切りですが、ここからはそれぞれの形の謝罪が描かれます。
まずヒナとアコ。

マコトにあぁは言われたものの、そら真剣に受け止めてしまうよなぁ…… ヒナちゃんは。
ヒナがあまりに誠実で、だからこそ痛ましい。
撃ち合いなんて当たり前な世界で、圧倒的な才を与えられたが故に、それを受け入れることもそれに溺れることもできずに、律して生きていくしかないんだ。

そんな自責につぶれそうな先輩を見て、赤裸々に想いをぶつけつつ、赦しと感謝を述べる後輩たちがあまりにできすぎている。
それを汲んで、あえて日常に戻ろうとするアコも偉いね。
2人の中ではこれからもずっと澱んだ感情は残る、それでも、少しずつでも許していってあげてほしいな。


お次は万魔殿。
ここは散々描かれたので、他の子たちとは少し違った描かれ方でした。

マコトの語る”自由”が、あまりにも”先生”の思想すぎて笑っちゃいました。
自分らしく生きていくために、自分の運命は自分で握らなきゃいけない。
学生だから失敗することも当然ある、その責任を一緒に背負おうとしてくれるのも、まさに”先生”。
もうその域まで到達している生徒がいる、それが先生にとっても救いになる気がします。
その心情が、先生がマコトにかける言葉にも表れているような気がします。

先生が生徒に感謝を述べることは少なくありませんが、『大人として』この言葉を使う機会は滅多にありません。
洗脳解除からのセーフティ起動は、生徒の生命に対して2択を迫られたようなものであり、先生にはどうすることもできませんでした。
私個人としてはパヴァーヌ2章を思い出し、『生徒を救ってくれた生徒』たちに感謝してもしきれません。

一方、マコトの方も先生に対して負い目があるようで、謝罪の旨したいと。
そこでの先生の返答があまりに”先生”で、ほんとうに嬉しくって。

先に述べたように、既に”先生”と同じ視座に座るマコトも、先生としては一人の生徒として自分の人生を生きて欲しい。
雷帝にも、ゲヘナにも、ヒナにも、義務や使命に縛られ過ぎずに生きていって欲しい、私はそういう意味だと捉えています。
それこそ、今回の件でマコト自身が自分を罰したり制限を掛けたり、そういったことを”先生”は望まない、そういう意思表示だと。

そしてマコトの宣誓に対してただ一言、”うん。信じてる。”
どこまで行っても、先生が生徒にしてやれることはこれだけなんですよね。
話しをして、協力して、最後まで信じる。
この「炎と影」編で一貫した”先生”としての矜持を見せてもらえて、本当に大大大満足です!!

その後、マコイロのいちゃつきや、それを微笑ましく見守る平和な万魔殿も観られてハッピーハッピー

マコトが感じた後押しする力については、キヴォトスの不思議パワーなのか雷帝絡みなのか、気になるところです。



同じく、善の人であるが故の自責を背負い続けるであろう氷室セナ。

謝罪の弁で終わらずに、誇らしい後輩への感謝を述べるのもまたセナらしい。
チナツ…………良かったな………………………………。
こういう、所属を変えても見てくれる人がいるお話が好きすぎて刺さる…………。



順番が前後しましたが、美食研究会と給食部。

照れからか後ろめたさからか、一旦いつも通りの接し方をしつつも、食の温かみに触れ、内心をこぼすハルナとアカリ。
己の信念に悖る行いをし、その罪深さを自覚し、それすら濯いでしまう食の力を痛感する。
あまりにも美しい結びです。
このシーンアニメで観てぇぇ!! ぼろっぼろ泣きながら頬張るハルナが観たい!!!
というか俺がぼろぼろ泣いてる。

恐らく本人の罪の意識としては、ヒナと同様の重たさだったと推察しています。
それこそ自身に「美食」を志す資格はない、そう道を閉ざしてしまいかねないほどに。
「やっぱり私はこれが好きだったんだ」そんな原点に立ち返るハルナを見られて、本当に嬉しい。 イベスト一本読み終わった、そのぐらいの読後感がこの1シーンだけでも感じられました。



読後感の清々しさで負けていないのが温泉開発部。
部としては言われた通り働いていただけで、誰かを虐げてはいないため謝罪は特になし。
(ここらへんの緩さも温泉開発部っぽくてイイ)

いつも通りのメグに、騒動の中悩み続けた問いをぶつけるカスミ。
メグの反応から何回もことあるごとに確認してるカスミが目に浮かんで、たまらなく愛おしい。
そして今のメグからはカスミの良く知る答えが返ってくる、この日常のなんたる幸せよ。
本当に良かったなカスミ…… いつか今回の借りをブチ返しに行こうな…………!



ある人は新しい目標を見つけ、ある人は当たり前の有難みを思い出して。
紆余曲折ありつつも、日常へと戻っていくゲヘナ。

最後に先生はとくに気がかりな2人の生徒に会いに行きます。




『なりたい自分』

1人目は空崎ヒナ。
後輩の前でも自責の念を漏らしましたが、先生の前ではさらに奥深く、目を背けたいような感情を打ち明けてくれました。

そりゃそうよ、普段クレーマーに耐えてる店員が暴力解禁されれば心地よくもなる(違う)

ここでの先生がまたいつもの”先生”と違って好きでした。
「ヒナはそんな子じゃない」と否定するのではなく、「私にもそういう時はあるよ」と弱音を吐くんです。

それでも、頑張るんですよ、人間は。

”なりたい自分があるからさ。” …………
これなんだよなぁ~~~~、ワイが先生のことを好きで応援しちゃうのは~~~~~~~~~!!
百花繚乱編とも重なる、ほんとうに何回擦られても好きなテーマだ…………。

滅多に見せない先生が”先生”じゃないところ、そんな弱みをヒナに見せてるのも本当に愛しい。
エデンの頃からずっと誰よりもヒナを信頼している先生が、ヒナにだけ”ただの人”を見せる先生がたまらなく愛おしい。
汚れた手と手で触り合って形が分かるんだよなぁ。

「はじめからそうである人」以上に「そうであろうと努力し続ける人」の方が自分も好きだな。
弱さを知る人は、弱さを受け容れる強さも、手を差し伸べる優しさも持つことができますから。
ショウコと理想の人物像を話してた時、先生の脳裏にはヒナがいたのかもしれない。



そのショウコはというと、地下牢に繋がれており半ば自棄になっている。
それもそう、「やり直しの機会は誰にでも与えられるものではない」そう思い込んでいますから。

そんなショウコに先生は変わらず、優しく抽象的な言葉を投げかけます。
先生って行間を読み取る賢さを持った生徒とは、非常に奥ゆかしいコミュニケーションをとるのでほんま最高。

「私たちに救いなんてない」そう言うミカやサオリに掛けた言葉と同じように、再び立ち上がるのを待っていると。
ここまで謝罪をしてきた3年生たちと同様、ショウコもショウコ自身を赦し、自分の気持ちに気づけるようになれば、いつでも”ただの生徒”に戻れるはずです。
犯したことに対する贖罪は必要でしょうが、それでもいつかは…………。
この心持ちとしてはFOX小隊が近いでしょうか。 最後は結局、自分自身が自分の”明日”を期待できるようになれるかどうかです。
そしてすべての生徒、すべての人間が”明日”を望める、そんな理想を叶えられるよう、一人一人が懸命に生きていくしかありません。

差し入れのお菓子を口にし、大粒の涙を流すショウコ。
思い出したのは先生の言葉か、再興委員会の日々か…………。
いずれにせよ、ショウコがまた立ち上がって、自分の人生を歩み始めてくれることを願っています。




おまけ

だいぶ長くなってしまいましたが、ゲヘナメインストーリー「炎と影」編 第2章の感想は以上となります。

話の展開としては想像の域を出ない、良く言えば期待通りのものでした。
ですが、要所要所の言葉選び、見せ方、関係性………… 期待したものが期待した以上のクオリティでお出しされて大変幸せな時間でした。
ブルアカ新体制……となってもう数年経ちますが、その丁寧さを遺憾なく発揮しながら、ストーリーの爆発力も兼ね備えた素晴らしい出来で大満足です。
(ミニストーリーで便利屋の供給も行うあたりが、まさにその丁寧さを感じずにはいられません)


今回のストーリーに登場した生徒みんなに出番があってみんな大好きになったのですが、一人だけ挙げるとしたらやはり羽沼マコト。
エデン条約、最終編、「小夜曲」と出番はありつつも、お世辞にも皆に好かれるキャラクターとは言い難かった。
そういったこれまでの非難されがちな描写とできるだけ齟齬なく、彼女の良さを再発見しより多くのユーザーに伝えたい
そんな意思を「出航!万魔船~」と「炎と影」編からは感じずにはいられませんでした。



〇ちょいネガも含む脱線 旧体制の、もっと言えばエデン条約でマコトをあんな形で描いた人たちが、今回のマコトを描けたかは疑問です。
最初からこういう風なキャラでいく、と設定されていたかもしれませんし、不可能な「タラレバ」にさして意味はありませんが。
もう一歩ぶっちゃけると、ストーリー中の障害として描かれる生徒を露悪的に描きすぎているきらいがあった、と今では思っています。
エデン条約1・2章でのナギちゃん、3章でのサオリなど(リオはそうでもない)。
極限状況で生徒の本来の姿とは違う、としたってちょっと乱暴な印象が拭えません。
カタルシスを優先して悪を誇張して描いている、そんな感じ。

その点、現体制は生徒が敵であっても他の描写と辻褄が合うように描かれており、その分キャラとしての振れ幅が小さくなっているとも言えます。
ギャップや落差は減ったため、ストーリーの衝撃も小さくなってしまっているかもしれません。
それでも私は、生徒一人一人に対する細やかな気配りの方に好感を抱いてしまいます。
露悪的でなくても、生徒と生徒の対立や、信念の衝突などは十分に描けていますから。
過去の描写を精査して、矛盾なくより進化させたものを届けよう、そんな意思を新体制のブルアカ君からは感じ続けています。



キャラもそうですし学園全体としても、過去の話をこんなにガッツリ描いてくれるとは思っていなかったのも嬉しい誤算です。
私はブルアカの「最低限の最低限しか設定を明かさない」語り口を好意的に思っています。
なぜなら、キャラクターである生徒が主役である以上、物語の本筋は彼女たちの感情の機微や選択と決断、成長といったものであり、設定は設定でしかありません。
わざわざ他人に過去を語らないのも、それぞれの背景を憶測しながらつきあっていくのも、それらをすべて明かしてしまうよりむしろリアリティがあると思っています。

それはそれとして、神の視点である我々にはもっと見せてくれてもええんちゃう?と思うし、初出の設定はウキウキで貪ります。
設定の開示はオタクへのご褒美ではありますが、用法容量を守らないと、そこに生きるキャラクターたちよりも舞台が主役になってしまいかねません。
その塩梅を間違えない範囲で、今後もオタクたちを喜ばせていただきたいです。



*1:あ、ブーのガチャ仕様変更の悪口じゃないですよ、あれは告知がド下手くそだっただけでユーザーに得ばかりなので
むしろ収益下がりそうだけど大丈夫そ?もっと課金煽っていいのよ?スキン販売あくしてね?

*2:似た者だと思っていたイチカが情で動く姿に感銘を受け、協力しつつも悪役にならずにはいられなかったイベスト「夏空のやくそく」復刻中です!!

*3:これを書いていてRADWIMPSの「会心の一撃」を思い出しました
現実に押しつぶされて詰まんない選択肢を選びたくなったときに聴きたくなる曲です

*4:「炎と影」編 第1章にてメグ自身は温泉開発のことを『ラーメンぐらい……いや、ラーメン我慢できるくらい大好き!』と語っています
温泉が一番好き!と即答するとばかり思っていたので意外でした
ちなみに趣味が「撤去」なので、「撤去」できるなら温泉も土木工事も変わらない……のかもしれません
カスミとの出会いがメグの温泉に対するモチベを変えた可能性すらある
ここらへん下倉メグも奥が深くて頭が狂いそう

「炎と影」編 第1章が既に最高!脳破壊!!ゲヘナ最高!!!

って感想です。
今のうちに妄想語っとかないとすぐに第2章来ちゃうんでね。(ほんにありがとう)
ストーリーはアクセルべた踏みした瞬間までだったので続きに期待しつつ、個別のキャラについての理解や認識が深まったことを妄想たっぷりに書き殴ります。







ゲヘナ再興委員会

五十嵐ショウコ


まずは新キャラの中で「一番予想外だった生徒」かつ「一番好きになった生徒」からいきます。
ストーリー告知のスチルでは黒髪眼鏡の真面目っ娘、それ以上の印象は無かったのですが、立ち絵が現れてからは自分の中での印象がガラッと変わっていきます。

可愛らしい笑顔も見せるが……

幼さの残る小さなお顔、野暮ったさも感じる黒髪、スラっとした立ち姿、分厚い曇り眼鏡…………少女の外見では隠し切れていない切れ者、そんな第一印象でした。
強い信念や覚悟を持って行動しており、他のキャラクターたちとの精神的な隔たりを感じさせる。
それは年齢や知識といったものというよりも、本心を見せない堅牢さに思えて、初期の調月リオのような危うさを感じ取っていました。
まぁリオと違って、元気で明るい仲間が2人もいるんだから腹黒参謀キャラ程度で楽しくやっていけるでしょう!ニヤみたいに!……なーんて甘い考えを砕かれるのはもう少し後のお話…………

言動についても非常に好感の持てる生徒でした。
豊富な知識、鋭い洞察力から目上に対しても容赦なく切り込んでいく。
敵を増やすような物言いをしながらも、相手に反撃させない程度の逃げ道を残す、実に交渉上手なお嬢さんでした。
ショウコの準備と話術が光るほど、それに安易に吞まれないゲヘナ3年生’sの厄介さが輝く。
ゲヘナメインストーリー「炎と影」編を最高の作品にしてくれる、まさに主人公です。

賢王マコトを引き出してくれて感謝

現状は『雷帝の遺産』を掘り起こした重罪人であり、出自も目的も謎の多い生徒です。
なぜ雷帝の時代や遺産の扱い方を知っているのか(放送室で見つけた際にも元々探していた様子)、カスミの過去やサツキの情報部時代まで把握している異常な情報源はどこから?
ただ今回のストーリー中に、彼女のパーソナリティについては少し匂わせています。

”誰にでも等しく与えられるなら”……
ショウコがなぜ雷帝に執着し、使命感すら帯びているのか、今後の描かれ方に大注目です。
(個人的な戯言なんですが、ショウコは雷帝の妹とか幼馴染とかで雷帝の別の一面を知っているとか、失脚してしまったことに同情しているとか憤慨しているとか、そんな妄想を膨らませています)
(てか雷帝が「初期は優秀な指導者」「末期は引き返せない独裁者」みたいな歴史の教科書ならいいな…………って)




明楽カレン


こちらも第一印象からはだいぶイメージの変わった生徒さんです。
地雷系?ファッションでどこでもスマホ触ってそうで「ほほぅ。迷惑メスガキ……ですか……。」なんて眼鏡クイクイしていたのですが、そんなこともなく。
ボランティアも人助けも積極的に行って喧嘩も大好きという、キララの善性にゲヘナの一般常識を乗っけた良い子って感じでした。

ト、リニティ

メインストーリーとしては珍しくサブタイトルが生徒名の実質デート回がありました。
そこで前述の善性や武闘派が見えてくるのですが、どうやら彼女は部長であるマユミと同じ方向を見ていないのだそう。
ここで自分の中での「ゲヘナ再興委員会」に抱いていた希望にヒビが入っていきます。

キヴォトスには『圧倒的な行動力のリーダーと、それを信奉・信頼しついていく他のメンバー』という部活動がいくつか見られます。
例えば便利屋、227号特別クラス、万魔殿もある種そうでしょうか。
自分はてっきり「ゲヘナ再興委員会」についても、理想を掲げるマユミとそれを応援するカレン・ショウコ、の図をイメージしていました。
けれど実際には「地道な活動に手ごたえを感じつつも大局は見えていない、ただのいい子」「自由なゲヘナが好きだけど、マユミの走る先が見たくて応援している子」「秩序と統制」
話が進むほどに、3人の目指す方向があまりに違い過ぎていて、どこかで決定的な決裂を迎える予感がしてなりません。

ブルアカの部活って普段どれだけ憎まれ口をたたいていても、有事には仲間を信じる支える助ける絆があるじゃないですか。
キヴォトス1絆が薄い美食研究会ですら、なんだかんだ言いつつお互いのこと大切にしてるし協力するし。
……でも「ゲヘナ再興委員会」はどうなんでしょうか…………
道を踏み外したショウコに、マユミは手を差し伸べてくれるんでしょうか、カレンは支えてくれるんでしょうか…………
もうね……嫌な未来ばかり想像してしまうけれど、今回のストーリーで彼女たちがいち部活としての強い結束を見せてくれることを願うばかりです。




降旗マユミ


正直現状一番印象の薄い生徒さん。
活発で行動力があって善意盛り盛りで、ムードメーカーとして最高の人材です。
けれど活動の一番大事な理念の部分を度々ショウコに任せてしまっていること、結果を急いでしまうところとが不穏でなりません。
地道な善行を重ね、できることからゲヘナを改善していく、これであれば何の問題もなくゲヘナを代表する良い子でしかなかったと思いますが…………。

国家地域組織集団……そういったものへの帰属意識や愛情といったものは多くが漠然としたものですし、必要でもなければ言葉にする必要もありません。
なぜセリカとアヤネがアビドスに入学したのか、公式の言及があるまではこういった本人にとって意識するまでもない帰属意識があったのだと考えています。
そして、そういった感情は当然現実にいる私たちも抱くものであり、また特別に意識するものでもありません。

マユミの”ゲヘナを誇れる学校にしたい!”という気持ちは理由などなくとも素晴らしいものです。
しかし、こういった状況になってしまった以上「偉大なゲヘナとは何なのか」「こんな姿を見たくて活動してきたのか」マユミ自身に問いかけることになってしまいかねません。
好きに理由は要らない……のに答えを出さなければ前に踏み出せなくなってしまう、そんなマユミの姿はみとーない!!………
マユミの無力さ、空虚さも続編でどこまで描かれるのか期待したいところです。




万魔殿

羽沼マコト


直前の水着イベントでかっこいい&かわいいを魅せまくったマコト様
”圧倒的な力への危惧” これ一つで風紀委員会の力を削ぐ稚拙な行動も、エデン条約をぶち壊した言動も、すべてに合点がいって最高の女になりました。
(マコトの理想を理解したうえで、迷惑を掛けられる生徒を想ってマコトを好きになれない感情も理解できます)
今回はいつものマコトっぽくはありつつも、地雷原で踊る後輩たちに見せる鋭さが最高でした。

先生に絆されて許可しちゃうのも良かった。
今回の先生が『生徒の味方』であることをショウコにハックされたように、マコトの掲げる『自由なゲヘナ』としてはある程度の内政干渉も見過ごす度量が求められる。
さらには洗脳マコトがあまりに饒舌で、タガの外れたマコトはこんなに力があり近寄りがたく恐ろしいのかと。
終盤イロハと問答する姿がむしろマコトの本来の姿というか、「マコトの才能を最大限活かした姿」に感じて背筋が凍る思いでした。

水着イベを通して万魔殿は「全員が自分の能力に無意識に、あるいは意識的に無自覚であるため、お笑い集団でいられる」と自分は結論付けました。
マコトのカリスマ、サツキの頭脳、イロハの兵站、チアキのコミュ力、イブキの機転…………
それぞれの類まれな才能を変なことに使ったりサボったりしているがゆえに、万魔殿は平和な団体でいられるのだと

今回のメインストーリーではそれぞれの長所を生かして対峙することになるのでしょうか……苦しいよ…………。




京極サツキ


今回登場している中では唯一洗脳を突破した3年生。
ショウコのことも初めから警戒していなさそうで警戒していそうでやっぱりなんも考えて無さそう、という絶妙な塩梅でした。
ここからはサツキ無双が始まると勝手に思っているので、是非とも彼女らしい無血開城、無痛和平の道が開けますように。




棗イロハ


水着イベでマコトへの複雑な感情をお出しされてからのコレですよ。

普段はバカなリーダーのバカな提案にため息つきながら呆れて、緊急時には柄にもなくアツくなってぶつかっちゃって、でもたま~~~にかっこいいところ見ちゃって惚れ直して。
……でそんな憧れの人が別人になっちゃったら弱気になって涙を浮かべるんですよ、棗イロハは。
はぁ~~~~あ、やってらんないよほんとに、ふざけるなよマコト!!夢を見せた責任を取れよ!!!!!




元宮チアキ&丹花イブキ


今回は影薄めだったお二人。
チアキが最初はマコト撮ってたのにイブキが映ってからはイブキ撮影会になっちゃうの好き。

個人的に引っかかったのはこのシーン。

本音を言うとイブキがたまにやる”グズり”、あれ空気を読んでやってる演技が多分に含まれるものだと思っています。
イブキは賢く空気の読める子ですから「自分がこうすれば解決する」ことも「今回は本気だから効果がない」ことも分かる子だと思います。
水着イベントで空気の悪さを感じながらも黙っていたのは後者で、「ここで自分が我が儘を言っても何も進まない」ことを理解していたからこその振る舞いだったと認識しています。
一方で、今回のこのシーン。
誰の目にも明らかな本気の険悪さ、チアキも普段言わないようなうわべの嘘をついちゃっています。
ここでのイブキの動揺が自分には演技に思えなくて、本心から喧嘩が嫌で泣き出しちゃったように思えました。
子供心に両親が喧嘩しているのを見たくない、みたいなのも分かるのですが、前述のとおりイブキは緊急時にも自分の感情をコントロールできる生徒だと思っていたので、この反応は意外でした。
これが素直な反応なのか、それとも何かしらのトラウマがあるのか、ここからイブキが大活躍する筋書は想定できませんが、イブキからのマコト評は聞いてみたいな。 聞けたら嬉しいな。




風紀委員会

空崎ヒナ


ヒナの口から風紀委員会の神髄を直接聞くことができて感無量です。
それが後輩たちに届いて継がれているのも本当にほっんとうに嬉しかった!!!

マコトへの温和な態度も共通認識があったと思えば納得できる(それに付き合わされる他の風紀委員はたまったもんじゃないが)。
結構甘え上手になっていたのも嬉しかったな、もっと頼ってくれヒナ。
ヒナ…………そんないつもと変わらない表情で今までの健気な努力を否定する言葉を振るわないでくれ…………

ヒナが敵になるという展開自体は無限に味がする(便利屋業務日誌のヒナとか怖すぎてちびる)とはいえ、こんな尊厳破壊は見たくない……。
どうすりゃいいんだ…………。




天羽アコ


らしくないヒナに対して、わりとそのまんまなアコ。
全然内心こういうこと思ってそうでもおかしくないもんな、アコ。
それで言うと雷帝の遺産である『NKウルトラ計画』がサツキがやってるような催眠なのであれば、「本人の望まないことを強制する力はない」のもそうなのであろうか。
いちばん洗脳が似合ってて、いちばん簡単に洗脳から戻れそうなアコ大好き。




銀鏡イオリ&火宮チナツ


ヒナの気高い自己犠牲の精神を受け継いでいるイオリ・チナツに目頭が熱くなりました。

なぜ風紀委員会に所属しているのか、そのオリジンにこれ以上の説得力はありません。
匂わせとはいえ、ハルカといいイロハといい、最近のブルアカは起源の話めっちゃしてくれるから本当に感謝。
それに加え、お祭り運営委員会のシズコとウミカ、梅花園のシュンとココナみたいな、下の子たちの言動から憧れの存在の影が見えるのが本当に大好きで!!!

特にイオリには第2章で主役級の活躍と、ヒナの重荷を背負ってやるぐらいのドでかい成長を期待しています!!




美食研究会

黒舘ハルナ&鰐淵アカリ


「ゲヘナ再興委員会」と軽くやり合った美食研究会。
相手の言い分を理解したうえで、自分の筋の通った信念を貫くテロリスト仕草が立派でした!
特にこの一言は目の覚めるような思いでした。

不良の更生ではないですが、不誠実な商売をしている人間に温情を与えてやることはあくまで”贅沢”。
そうしなければ非難される謂れもなく、身の危険が生じて初めて改心を誓うようでは手遅れとも言えます。
ここが先生のよく口にする「やり直せばいい」と相性が悪く、先生目線でも手の焼いてる問題児には違いありません。
ハルナの言う”贅沢”の代償は、すべての生徒に良い顔をする先生の激務と葛藤を見ればよく分かります。

黒舘ハルナは自分の審美眼に絶対の自信を持っており、彼女の入った店はそれがお墨付きになる描写まであり、先生すらもそれを活用しています。
行動自体は問題を含んでいても、信念は真っ当で善でしかない生粋のテロリスト。
まさに悪のカリスマ、最高です。

ストーリーで度々活躍し、底の見えない鰐淵アカリと共に、第2章ではどんな姿で立ちふさがってくるのか戦々恐々としています。




温泉開発部

鬼怒川カスミ&下倉メグ


この感情を残したくて記事書いてんだよ!!!!!!!!!!!
ということで、本編です。

わたくし「温泉開発部のグループストーリーに脳を焼かれた民」かつ「絆ストや『夏空のやくそく』の切れ者鬼怒川カスミにメロつき民」としましては、この度再び鬼怒川カスミ及び下倉メグに脳を焼かれ、咽び泣き、NEXONYostar両社の方角に全力の五体投地で感謝を示すとともに、この1週間堪え難きを堪えてまいりました。
本当にありがとう!!!!なんてことをしてくれたんだ!!!もう終わりだよこの村は……………………。
情緒と脳汁とをミキサーにかけられたぐじゅぐじゅの頭で、第2章を読んだ後ではまた変わってしまうかもしれない現状の感想を残しておきます…………。

まず最悪の提案を仕掛けるショウコ。

これまで協力的だった先生もさすがに気おくれしています。
しかし、「生徒の味方である」先生は強く拒むこともできず、メグに口添えさえしてしまいます。
ここでひとつ引用したいのが鬼怒川カスミの絆ストーリー、そこで先生はカスミの温泉開発をできるだけ市街に影響のない場所で行うよう”誘導”してしまいました。

そして当然それをカスミに勘付かれ、激詰めされるのであった。
この一連のシーンで、じっとりとした嫌な汗をかいたのを覚えている。
キヴォトスには他にも問題児がたくさんいるが、基本的に先生に好意を持ってくれて先生の面子を立ててくれる生徒ばかりだった。
カスミも少なからず先生を好み受け入れてくれている、しかしそれはそれとして信念は譲らないし、踏み躙るのであれば誰であっても許さない。
陽気な暴れっぷり、巧みな話術、様々な表情、そのどれもが本当のようで嘘のような掴みどころのない稀代のカリスマ、それが鬼怒川カスミである。

先生はこう言った経験をしておきながら、今なお内心(周りに迷惑を掛けずにやってくれたらなぁ…………)と思っている。
私はそんな先生の、どちらも立てようとする矛盾すらある青臭い理想論が好きである。
もし私だったら縮み上がってカスミ様の靴をなめ、ここ掘れワンワンで温泉を掘り当てていることだろう。
長いものに巻かれた方がずっと楽だからだ、けれど先生は今後もカスミと綱渡りの交渉を続けていくのだろうな。

だが、それはあくまで先生とカスミの間での話だ。
腹の内を理解しあったお互いの妥協点を探るのは、むしろカスミにとっても楽しい時間なのかもしれない。
しかし、今回はショウコの甘言に乗りメグを巻き込んでしまった。
こんなのカスミが黙ってないよぉ~~~とへなへなになってる私のもとに、赦しの断罪が、もとい鬼怒川カスミが完璧なタイミングで降臨する。

もう嬉しすぎて涙がちょちょぎれた はやく…………はやくこの卑しい罪人をお救いください…………。
けれどカスミはいつもの意味深な一瞥をくれただけで、すぐに矛先をショウコに向けた。
カスミの怖いところはここなんだよな~~~!!!ぜっっっっっっっったいにやられた恨みを忘れてくれないところ!!!簡単には清算させてくれないところ!!!!!!
これから一生カスミ様に償う覚悟と共に、舌戦で圧倒し続け最後の最後でメグを立てて見逃してくれる慈悲深さたるや。

最後恩を売る形に着地させ利益を最大化するこの話術、ショウコと近しいものも感じます。
「あそこ」とは何なんでしょうねぇ…………いつか描かれる日を何年だって待ちますよ、えぇ。



そんな感じでショウコとの対決はすべての目論見を暴いたうえで恩を売り、カスミが上手な印象で幕を閉じました。
くぅぅ~~~!!!やっぱメグとカスミの絆は最高だぜ!!


からのこれ

もうおわったんだ…………
もうおわりです、どうすんのこれ。
誰が考えたのこんな惨い展開、世が世なら拷問の父と呼ばれていたでしょうに。

…………この先のカスミを想うと暗澹たる思いですが、何が来ても受け止める覚悟をしています。
メグの変化を受け入れられず動けなくなっても良し、メグの意思なら地獄にもつきあうのでも良し、恩人を取り戻すため対立するのでも良し。
個人的な好みは対策委員会編第3章のホシノみたいに、自分の中の大切な人の想いに応えて立ち上がる、そんな強いカスミを見せていただきたいです。




その他


ここまでで触れていない生徒たちについても軽く
まず氷室セナ
ここまで何度も先生を助けてくれた頼りになる存在。
それが優しい口調そのままに思考を塗り替えられていて、違和感への不快さでは現状一番かもしれません。

次に夜桜キララ・旗見エリカ
やりたいことやる!って点ではどこか「ゲヘナ再興委員会」とも重なる「キラキラ部」の2人
ゲヘナにはもったいないほどの良い子も、ある意味ゲヘナの”自由”を体現する存在で、切れ味が鋭かった。

その他1・2年生ズは割愛します。
平和な給食部とか蚊帳の外な便利屋とかとか、第2章でどれだけの出番があるかも含めてワクワクが尽きません。

あと、ついでに先生。
ここまででも「ゲヘナ再興委員会」の三人をはじめ生徒としっかりコミュニケーションをとっていて好印象。
「生徒の味方である先生」が『生徒と生徒に板挟み』になったときの懸念は前々からありました。
そこにこれまでのゲヘナの生徒との付き合い方を模索し測りかねている描写があわさって、最悪の結果を招いてしまった。
まぁ正直今回はこの騒動を沈めたらHappyEnd!にはなりそうですが、第2部はこういう”先生”の弱点を突いてくるお話が多くて胃が痛いぜ…………
「それでも!」が今回も言えるかな? クックックッ…………

まとめ


てか今頭の中で思い描いている展開をすべて回収するには、どれだけ尺があっても足りないぞ!
なのであまり期待をし過ぎずに、丸く収まって落ち着くべきところに落ち着いたらいいやと、気楽に続きを待つつもりです。
自分はそのつもりなのですが、なぜか脳裏に浮かぶイメージは『石抱き責め』を受けるワイの姿。
はやく……早く解放されたい…… 幸せでバカげた楽しいゲヘナに帰りたい…………。

ついでに早く偽連邦生徒会長の件も七囚人も早く掘り下げてほしい…………。
1日でも早く彼女たちのこともいち生徒として迎え入れたい…………。

先々への期待で胸が張り裂けんばかりですが、とりあえず今週のゲヘナ第2章の更新、そして週末のDJライブを楽しんできます。






全てが味方した『鳴潮』× 『サイバーパンク:エッジランナーズ』コラボ

鳴潮Ver3.4が2026/06/08に公開されました。
このバージョンの目玉は何といっても『サイバーパンク:エッジランナーズ』とのコラボ!

一年以上前から告知されていた*1コラボで、「ソシャゲのコラボは基本ショボい」論者の自分ですら結構期待しちゃってました。

コラボ実装前の自分のお気持ち、遊んでからの感想とをいろいろ書いていこうと思います。











コラボ発表~実装まで

大好きな作品!だが…………

『サイバーパンク:エッジランナーズ』とのコラボが発表されたのは鳴潮1周年、Ver.2.3の新情報のトリでした。
情報の出し方がこれまた粋!知っている人なら聴くだけで鳥肌の立つ「I Really Want to Stay at Your House」から入るの粋すぎィ!!
2026年実装としばらく先の話でありながら、胸を躍らせるのには十分な発表でした。

…………が、このコラボを100%歓迎していたかと言われるとそうでもありません。
『サイバーパンク:エッジランナーズ』自体は五本の指に入るほど大好きな作品です!
そのキャラクターを鳴潮世界で動かせることにワクワクする気持ちも当然ありました。
一方で、鳴潮をサービス開始からプレイし続けているファンでもあるので「コラボするぐらいなら本編頑張ってよ」という気持ちも少なからず持っていました。

前述のとおり私は「ソシャゲのコラボは基本ショボい」「やらない方がマシ」「無味無臭かどこかにヘイトを集めるかの集金装置」ぐらいのスタンスです。
これは今回のコラボを経験した今なお変わりません。
プレイしてきたソシャゲの数は多くないですが、そのほとんどの作品でコラボの機会がありました。
原作の要素を擦るだけの無味無臭、原作かゲームかのどちらかがキャラ崩壊、性能が強かろうが弱かろうが不満が出る……
限定商法でユーザーを集め課金を煽る、商売としては極めて正しいことも含めてあまり良い印象を持っていませんでした。

一部例外はあります。
ひとつは『アークナイツ』(読んだのはモンハンとダン飯だけ)
コラボ原作のキャラがアークナイツの世界に来たら……というコンセプトはありきたりですが、原作の強みとアークナイツならではの強みとを存分に活かしたシナリオが展開されています。
原作にネガティブな印象を残さず、かつアークナイツの世界に確かな爪痕を残す、コラボでしか描けないお話を全力で描いている。
「コラボするぐらいなら本編頑張ってよ」を「コラボを本編並みに面白くします」で解決してる丁寧な力技、そしてその挑戦を受け入れてくれる原作、そうそう真似できるもんじゃない。

ひとつは『FGO』の内部コラボ。
同じIPなので世界観はそもそも一致しているし、コミカライズやノベライズの作者本人にシナリオ描いてもらえばええや~ん♪というズル。
それが面白いかどうかは書き手の腕次第だが、「魔法使いの夜」コラボとか原作者本人だからってやりたい放題しすぎだろ!!めっちゃ良かった!!!



話を鳴潮に戻します。
鳴潮内でのコラボは初なので実績も信頼もなし*2、ここまで熱弁した”ソシャゲのコラボアンチ”の自分が頭をもたげました。
そこには鳴潮本編への物足りなさも寄与していました。

当時の鳴潮はショアキーパー・ツバキの実装でシナリオや演出が評価され始め、リナシータ編が開幕し空気が切り替わるとともに、潮汐任務・第二章第四幕で「リナシータもストーリーが面白い!」と胸を張れる作品になり始めていました。
ゲームの本筋が軌道に乗り始めていたからこそ「鳴潮を楽しみたい!」の気持ちが強くありました。
またリナシータで一気にファンタジー路線に進み人気となっていたので、「初期はともかく今の鳴潮と馴染むかな……?」という懸念もありました。

まぁ懸念は懸念でしかなく、杞憂は杞憂でしかなかったわけですが。




Ver3.1以降の高まる期待

鳴潮はVer3.0で舞台をラハイロイに移しました。
鳴潮世界の技術の最先端が集まる学園、世界観が一気にSFに戻ってきて安堵しました。
シナリオについても、3.0の段階では粗削りないつもの鳴潮でしたが、3.1で大爆発!
それ以降も常に高得点を叩き出していて「どうしちゃったの鳴潮!?」ってな気分です。
エイメス関連はもちろん、リューク・シグリカ・緋雪・ダーニャ……それぞれを違う切り口で違った活躍を魅せられています、ほんとどうしちゃったのよ……

このクオリティがコラボでも維持出来たら……てか、ここまで一挙手一投足にこだわれる開発が生半可なもの出してくるのか…………?
そんな感じで青天井に上がり切ったハードルを、アプデ前の様々な告知でさらに跳ね上げ続けて、それでも飛び越えてくるんだからたまんないわね!






蓋を開けたら神のコラボ!!!

鳴潮の世界にきた彼らが、どんな反応をして、どんな関係を築くのか……
どの時間軸から現れ、原作の出来事をどこまで経験し、何を想い伝えるのか……

そんな、コラボに期待する内容を何段も飛び越えて描き切った神コラボでした……!!
何が良かったかは後の項目でも触れるので、ここではあっさり目な感想を。

レベッカの魅力がこれでもかと出てましたね!
あまりにも豊富な表情差分、過激な言動と裏腹に気遣いの鬼、などなど原作後半で感じさせてくれた良い女全開でした。
鳴潮キャラとの接触も彼女が中心で、リンネーやシグリカの良さまでもを再発見することができてほんとに最高!!*3
さらにはルーシー、デイビッドとの会話はもう…………感無量です。

ルーシーもレベッカほどわかりやすくないけれど、感情の機微が細やかな表情変化によって演出されており、感慨深かったです。
レベッカに痛いところを突かれて黙ってるルーシー、あのシーンなんかめちゃくちゃに『サイバーパンク:エッジランナーズ』の空気でした。

誰もが夢見た幸せな世界、優しい人に囲まれ不自由の無さそうな世界、それらを見たうえでなお、ルーシーは居心地の良い夢よりも冷たい現実を選ぶ。
それは他人事の説教なんかじゃなく、その現実こそが彼女の大切な人たちが命を懸けて遺してくれた証だから。
「ルーシーに生きていて欲しい」そんな純粋で残酷な願いを叶えるため、彼女は傷を背負って生きていくんでしょう。

ルーシーの記憶には残っていなくても、こういった受容を経て前を向く姿を見せてもらえたことで、ルーシーの生きる現実でもどこかで同じような機会があるかもと期待できる。
ルーシーだけでなく、『サイバーパンク:エッジランナーズ』の最終話に取り残された我々まで救っていただきました。
本当にありがとう、鳴潮。 ありがとう、CD PROJEKT RED様。
最高のコラボをありがとう!






このコラボが”大成功”した(個人的)要因

そんな感じで大・大・大満足!!!なコラボでしたし、すべてのソシャゲのコラボがこのクオリティであれば、諸手を挙げてコラボ推進委員会に加入するのですが……
今回のコラボはあまりにも様々な要素が噛み合い、凄まじい熱量を捧げた結果、絶妙なバランスのうえに成り立っています。
素晴らしかったからこそ、これを基準にしてはいけない…… 上澄み中の上澄みだと心に刻まなければなりません。

その認識を忘れないためにも、どういった点がこのコラボを神たらしめたのかを自分なりにまとめておこうと思います。




1.世界観の親和性

『サイバーパンク:エッジランナーズ』及び『Cyberpunk 2077』は言わずもがな「サイバーパンク」というジャンルの作品です。
ゲーム原作の方はエアプで申し訳ないのですが、これらの作品がもつ要素は「SF」「ディストピア」「抑圧と抵抗」「カオス」「派手なデザイン&アクション」「ダークでエモ」
表面上は煌びやかで華がある、けれど実態は暴力悲劇復讐の連鎖が渦巻く袋小路。
底なし沼に呑まれながらも光を失わない人々に、人間讃歌を謳わずにいられなくなる。
……そういった魅力のある作品だと認識しています。
これらは鳴潮という作品の持つ要素と素晴らしく合致しています。

瑝瓏の中華風な伝統やリナシータの洋風なファンタジーはともかく、ラハイロイの先進的かつそれゆえの息苦しさと相性バッチリです!
そもそもソラリス自体が袋小路と言いますか……鳴式に対して明確な回答のないままバッドエンドに向かっている世界な感じもします。
(ただし、鳴潮世界だとネオユニオンが最も親和性があると感じており、そちらの実装と併せてくるとばかり思っていました)

まずこの世界観の親和性を考えられているかどうかで、世のコラボの半数は脱落します。
そこの違和感すらねじ伏せるような力のあるシナリオを描ければ話は別ですが……
初報の段階で不満多数になるコラボはここがうまく噛み合ってない場合が多い。(他の理由は後述)
いくら普段と違う客層狙いたいからって、噛み合わせ悪い層を呼び込んでも定着しないんじゃ意味ないっすよ。

その点、今回の『鳴潮』× 『サイバーパンク:エッジランナーズ』はどうだったかというと、コラボが始まる前・・・・から大成功でした。
そもそも『サイバーパンク:エッジランナーズ』はその尖り方を差し引いても、エログロ行けるなら万人にお勧めできる神作品なのは前提として……
「コラボするならアニメ観てみようかな」「コラボするならゲーム始めてみるか」といった、相互の作品の認知向上がコラボ前から始まっていました。
そしてその評判も上々! それもそのはず、前述のとおり作品の要素もテーマも親和性がありますから。

作品選びの段階でひとまず成功と言えるぐらい相性バッチリでした。
とはいえ、これを満たしていれば後は何やっても良い、わけではないのがコラボの難しいところです。




2.メディアの特徴

鳴潮は運営型のソーシャルゲーム、『サイバーパンク:エッジランナーズ』は(一応)完結しているアニメ作品です。
ソシャゲの特徴はなんといっても”続いていく”こと、サービス終了の瞬間までは遊び続けることができるゲームです。
一方でアニメ作品はどうしたって”終わり”が存在します、昔のジャンプアニメは何年も引き伸ばしながら続けていましたがそういう時代でもなくなりましたしね。
原作のないオリジナルアニメはなおのこと、アニメ1クールがそのまま作品の”終わり”、続報がない限りはそこが終着点です。

『サイバーパンク:エッジランナーズ』についてもアニメ10話が彼らの物語の”終わり”となっています。
今後『サイバーパンク:エッジランナーズ2』という続編である程度語られる可能性はありますが、別のキャラクターで別の物語が展開されるでしょうから*4。
『サイバーパンク:エッジランナーズ』は非常に綺麗な結末を迎え、HappyEndとは言えなくとも、多くの方が納得のいく”終わり”だったと思います。
……それでも…………逝ってしまった彼らが、遺された彼女が、何を想いどう生きていくのか、せめて希望ある”終わり”を観たいというのもハピエン厨の本音。

そんな”終わり”を迎えてしまった作品の続きを見せてくれたのが、今回の鳴潮とのコラボでした。
扱い方次第では劇薬となりかねませんでしたが、大いなるリスペクトと巧みなバランス感覚で乗りこなせていました。(詳細は次の項で)

現在も行われているレベッカのコミカライズのように、別の媒体で公式から提供することもできたとは思います。
けれど「鳴潮」という舞台を選んでくれたおかげで、原作ファンの求める姿をたくさん魅せることができました。
ルーシーレベッカデイビッドの声、表情、動き……スピンオフアニメを1本作り上げないと味わえないものをたくさん見せていただきました。

そしてそれらは今後も”続いていく”。
別世界の影法師ですが、ルーシーレベッカを操作して声を聴いて冒険できるゲームとして。
こういったコラボが、それぞれのメディアの限界を飛び越えて世界を拡張できるのなら、WIN-WINに違いありません。

てか、レベッカみたいな口が悪くてお茶目で察しが良くてイケメンな旅のお供ずっと居て欲し~~~~~~~い!!
アブ、いけるか?(アブは登場機会こそ少ないがようやっとる)



チョイと脱線して、こういう”終わり”のある作品とソシャゲのコラボは割と相性イイと思うんですが、”続いていく”作品どうしはどうも噛み合わないと思ってます。
コラボって時点で互いにとって外伝なので、踏み込んだ話もしづらければ変化や成長も描きづらい。
お互いに何も変わらないまま無難に着地するか、大胆に挑戦して不評を買うか、どちらにしても難しいわりに面白くない。

人気作品やIPととりあえずコラボ!はほんと……ファンの心理としてはやめてほしいっす。
その点、鳴潮のバイクコラボもとりあえずコラボ!に違いないんですが、チョイスが絶妙にウケ狙いじゃなさそう。
「開発側がやりたかったんやろなぁ」で個人的には済ませてます、別にリソース多く割いてるとかも無さそうですし。
それはそれとして、ペルソナコラボはもっとたくさん曲引っ張ってきてね♡
「I believe」「It’s Going Down Now」はマストだよ♡♡




3.コラボ先へのリスペクトとバランス感覚

今回のコラボには『サイバーパンク:エッジランナーズ』のみならず『Cyberpunk 2077』のオマージュがこれでもかと詰め込まれていました。
アニメの印象的なシーン、ゲームのUI・小話などなど…… にわかな自分にすら伝わってくるものが多くありました。

コラボするならこれはやらなきゃ!ってウキウキな姿さえ見えてくる

ここで巧みな点が2つあり、一つが「義務ではないこだわり」
『サイバーパンク:エッジランナーズ』とのコラボを謳うなら、その要素を盛り込むのは必須でしょう。
それじゃ飽き足らず、ローディング画面やナイトシティ(心の集域)でのモブ会話など『Cyberpunk 2077』の要素もた~くさん盛り込んであります。
そもそも、鳴潮世界に来訪する設定ならナイトシティを再現する必要もありません。
これらは言うなれば「義務ではないこだわり」、コラボするうえで必須ではない、けれどより魅力的な物語にするため、そしてユーザーを楽しませるため、何より作り手たちが”必要”と感じたために用意されたものです。
端的に言うとコラボ先へのリスペクトと愛、ですわな。


もう一つが「思い出を汚さないバランス感覚」
コラボ先のキャラをぞんざいに扱って顰蹙を買う、逆もまたしかり。
コラボ先の設定やストーリーと矛盾する内容を展開する。
そういったコラボも残念ながら存在しています。

その点、今回のコラボは鳴潮にとっても『サイバーパンク:エッジランナーズ』にとっても、それぞれの世界において”あったら嬉しい”と”何も残らなくてもいい”の絶妙な塩梅でした。
ルーシーレベッカの心の機微を主役に立てつつ、彼女たちと接した鳴潮世界の住人にも浅からぬ印象を残していきました。
ルーシーは元の世界へと戻り記憶も残らない、けれど暖かな気持ちは確かに胸に残っている。
「楽しめた人は胸に刻む」「興味なければ無かったことにする」鳴潮ユーザーもサイパンフォロワーもコラボに対する向き合い方は様々ですが、そのすべてを許容してくれている落としどころでした。



これは前述の「無味無臭コラボ」の数少ない長所でもあります。
0点だがマイナスではない。(それならプラスになる話をやってくれ、って意見はもう散々書きましたね)
けれどコラボ先のキャラの内面にここまで切り込みエモーショナルに描いたうえで、「すべてを夢や幻にしちゃっていいよ」と着地させるのは偉すぎる。
「どうせみんな納得して感動するんだから正史でイイじゃんね」ってただの無責任なオタクとしては思っちゃいますが、ここで驕らないのも神コラボになった所以でしょう。



個人的に鳴潮側で一番感動したシーン

直近でラハイロイの研究者たちの高潔さを見せられていたので、その卵である彼女たちも覚悟がキマっていて最高でした。
こういう本筋でもないし記録として残るわけじゃないけど、誰かの記憶として大事にされていく描写がホントに大好きで…………*5
つけ加えると、そのテーマこそが鳴潮の、そして『サイバーパンク:エッジランナーズ』の一番大切にしている勘所だと思います。
だから俺は『サイバーパンク:エッジランナーズ』に脳をやられているし、鳴潮の数々のストーリーに心を奪われているんだと思います。



以上の2点をまとめると、鳴潮側のコラボ先へのリスペクトとバランス感覚が素晴らしかったな、という感想になります。
期待を越えに越えに超えた、それだけ作り手の熱量があったに違いありません。
しかし、その愛情が一方的なものでは空回ったり制限されたりもあるでしょう。
鳴潮がここまで好き放題(誉め言葉)にできたのも、原作側の理解や信頼があったからに他なりません。

CD PROJEKT RED様ありがとう!というだけじゃ味気ないですし、お相手の都合もたまたま奇跡的に・・・・・・・・噛み合った神タイミングだったんじゃないかなぁ、なんて思うところもあるので次の項で書いていきます。




4.コラボのタイミング(エッジランナーズ)

『サイバーパンク:エッジランナーズ』は2026年秋に続編である『サイバーパンク:エッジランナーズ2』の公開が告知されています。
初報が出たのは2025年の7月4日?ほぼ1年前ですね。
しばらく続報が無かったのですが、今年の6月末ようやくキャラの立ち絵が公開されたと思ったら即座にPV・放映時期まで公開、スピード感が半端じゃないぜ!

ってことでCD PROJEKT RED様に『サイバーパンク:エッジランナーズ』を宣伝したい!という思惑が少なからずあったでしょう。
まぁそもそもの評価が高い作品なので、公式サイトで情報公開されるだけでもちゃんと話題になったとは思いますが、独占配信の作品は総じて話題性に困る印象。
ともかく、宣伝効果を狙ってのコラボにあまりにも時期が良すぎました。

また『サイバーパンク:エッジランナーズ』の公開から早4年、この早すぎも遅すぎもしない時期も絶妙です。
話題性や人気に乗っかるわけでも、知る人ぞ知る(つまりマイナー)作品にはなっていない時期。
続編が発表されたからこそ『サイバーパンク:エッジランナーズ』自体の続きは望み薄なことも相まって、本家では描けないストーリーをコラボで展開することに意義が生まれました。

ここまでいくつか挙げた”時機の良さ”はコラボを後押ししたはずです。(妄想)
だとしても、ここまで濃密な脚本を託してくれたCD PROJEKT RED様には感謝しかありませんし、WIN-WINのコラボとなっていることを願うばかりです。
先日鳴潮公式Youtubeで公開された対談(リンク)では、そこまで生々しい話は出ませんでしたが、創作に対する思想や理想が伺えて面白かったので興味のある方はぜひ。




5.コラボのタイミング(鳴潮)

”時期の良さ”は鳴潮側にも大いにありました。
とはいえ開発の都合はわかりませんので、あくまで1ファン目線の”時機が良かった”と感じた話をさせてください。

まずは既に述べた「ラハイロイ編でのコラボ」
これが別の地域でのコラボでは馴染まなかったかもしれません。

次に「演出・構成の磨きがかかった”今”のコラボ」
Ver1.0の頃からテーマやキャラクターは魅力的でも、その描き方は贔屓目に見ても中の中、3Dオープンワールドでぼっ立ち会話しているよくあるタイプのそれでした。
しかし、このゲームは更新を重ねるごとに進化し続けてきました。
ムービーと物語の接続が上手くなり、状況説明や会話が自然になり、何気ないシーンまでカメラがこだわられ、お話の構成も魅せ方も文句なしの出来に成長しています。
ADVやノベルゲーとは土俵が違うので比べづらいですが、3Dのゲームなら買い切りを含めてもトップクラスの演出力を手に入れています。
その磨き上げた技術を存分に注ぎ込んだからこそ、ルーシーレベッカデイビッドを本家アニメと遜色なく描き出せたのだと思います。

さらに「鳴潮ユーザーを満足させきった”今”のコラボ」
これは単なる心情面なのですが、直前のVer3.4でラハイロイ編がほぼ完結、その壮大さと美しさに圧倒されたユーザーがほとんどでしょう。(詳しくはこちらの記事にて)
鳴潮のストーリーに大満足した直後、つまり「コラボするぐらいなら本編頑張ってよ」が一番出づらい絶好のタイミングだったと言えます。
これがたとえばエイメス救出の前なら「そんなことしてる暇ないだろ……!」って気持ちがどうしてもノイズになってしまっていたと思います。
まぁVer3.1から3.4までずっとそのモヤモヤを、漂泊者自身の焦燥としてうまくシナリオに落とし込んでいたのですが。悪魔か?



とにかく、コラボを受け入れ最大限楽しむの最高のタイミングでの実装だったと思います。
サイパンコラボに数日遅れて実装されたルシラーの幕間「目指すは、空」も素晴らしい出来だったため、「コラボもすげぇ頑張ってたうえに本編も面白いんかい!!!」と手のひらギガドリルブレイク。
一から十まで非の打ち所のないコラボとなってしまってしまいました。
(ガチャ仕様が分かりづらかったり、微妙にケチ臭かったりするのが唯一の欠点か)






稀代の名コラボ!!その功罪

ってことで長々と最高のコラボについて語ってきましたが、それでもなお私は「ソシャゲのコラボは基本ショボい」のスタンスを崩すつもりはありません。
これだけの熱量と愛と時機とが味方してようやく†成った†コラボだと感じ入るほどに、どこか一か所でも手を抜いていたら汚点の残るコラボになっていたであろうことが怖くて仕方ありません。
もしルーシーレベッカの作りこみが酷かったら……原作との解釈違いがあったら……鳴潮だけ・サイパンだけが得するコラボになってしまっていたら…………
好きな作品どうしのコラボは本当に胃が痛いです…………綺麗に終わった作品を掘り起こして貶したくないもんよ…………

結果としては大満足に終わりましたが、身に余る贅沢な体験をさせてもらったばっかりに「コラボはこのクオリティじゃなきゃやだ!!」「もう鳴潮はどこともコラボしないでくれ!!!」と駄々をこねたいオタクになっちゃった。
100点120点が出せないなら70点の本編進めてくれ!と思っちゃう…… 望まれたものを望まれたように提供するのだって難しいのにさ。
そんな本音があるからこそ、自分は今後もソシャゲのコラボに期待しません。
オタクが何言ったって今後もいろんな作品がいろんな作品とコラボするのだろうし、そのクオリティはピンキリでしょう。
…………それでもKURO GAMESなら…… そんな期待をさせてくれるのが素晴らしいコラボの功罪なのでしょうか。




あ、おまけとして『Cyberpunk 2077』がセールだったのでDLCもセットで買いました。
お布施感覚なんですがどうやら面白いゲームらしいので(超失礼)、時間見つけてプレイしたいと思います。
原作ゲームを遊んだら、このコラボを2倍楽しめるようになるのか、許せない何かが出てきてしまうのか、感じたことがあれば追記したいと思います。




*1:『鳴潮』Ver2.3 予告特別通信にて

*2:同社が2020年から提供している『パニシング:グレイレイヴン』というソシャゲでは既に数作品とコラボしており、どれも好評だとか
そこを信頼しているユーザーは高みの見物だったのかもしれません

*3:リンネーが深くまで詮索しなかったり、あれだけの別れを経験したシグリカが変わらず交友関係を深めたり……
本編で描くには冗長となるものも、コラボだからこそ再度描けたのだと思います

*4:まさか種と種死みたいになるわけねぇべwww
…………やめてね

*5:ほぼ同時に実装されたルシラーの幕間がまさにそのテーマで最高でした
見方を変えると、このコラボのシナリオが潮汐任務の前フリになっており、鳴潮にとってもやる価値の合ったコラボに他なりません。

H.I.F編(前半組)への所感



H.I.F編の前半組実装が一段落したので、ざっくりな感想を書いていこうかと思います。
ちなみに若干ネガティブ寄りになる予定です、ご了承ください。








『H.I.F』と『一番星』について

アイドルとして重要な要素である「ファンからの支持」を中心に競った『N.I.A』編
それに続いて、「ダンス」「ビジュアル」「ボーカル」……より純粋なアイドルとしての能力を中心に競う『H.I.F』編
”アイドル”という存在がもつ魅力を、この2つの軸で描き出す方針は非常に明快で良かったと思います。

アイドルを志すモチベーションが”アイドル同士”で完結するのであれば、別に”アイドル”の舞台でなくても良いことになります。
ファンや客席に向ける目線があってこそ舞台に立つ資格があると思っています。
『N.I.A』編でそこを描けていたかというと……五分五分な気がしますが。

そこと趣向を変えて、アイドルとしての実力勝負を描いた(描こうとした)『H.I.F』編。
ネームドのキャラたちはこれを勝ち抜き、晴れて『一番星』になるわけですが……
ここで一つ自分が引っかかり続けているのは「筋書の説得力」です。

『N.I.A』における人気投票は、言ってしまえば”なんとでもなる”お話です。
かわいいだけで人気になってもいい、SNSでバズって人気になってもいい、ライブパフォーマンスで話題になってもいい、なんとでも説明できます。
もちろん、その経緯がそれぞれのキャラクターにとって自然な展開である必要はありますが……
学マスのキャラクターそれぞれの魅力を語ればそれで十分です。


  ところが『H.I.F』は(少なくとも自分の中では)そうもいかない。
『一番星』でありトップアイドルである「十王星南」を超えなくてはいけない。
『初』や『N.I.A』では濁せていた部分も、『H.I.F』では視界に入ってくる、ノイズとなる…… そう感じています。



例えば『H.I.F』敗北時のコミュ。
もう一度やり直そう、と言ったって今まさに『H.I.F』に負けたわけで
そして次の周回では『H.I.F』に負けたその人はもういないわけで…………
ゲームシステムとして仕方ないとはいえ、『初』では時期をぼかし、やり直しを自然に演出できていました。
『N.I.A』はどうだっけ?そもそも負けた記憶があんまりないな……。
とにかく、1回きりの『H.I.F』に臨むそして負ける、でもまた1から育成し直してやり直せる
ゲームシステムとお話との不整合が気になってしまいました。*1
手毬で負けたとき「もういい!!!俺はこの『H.I.F』に負けた、負けられないところで負けた手毬と生きていく!!!!!」という気持ちになりました。



例えば1年3組や2年生などの「不在への違和感」。
『初』や『N.I.A』に登場しないのはまだわかります、新人が中心の舞台ですから。
『一番星』がトップアイドルの象徴になったのであれば、外部で活躍している生徒も『H.I.F』に参加してくる方が自然かと思います。
百歩譲って3組は忙しい(笑)として2年生が全く絡んでこないのはおかしくない? 3年生はともかく、1年生のストーリーに登場してこない(説明もない)のは不自然ではないでしょうか。
(コミュで2年生らしきものが描かれたのって千奈の生徒会選挙以外ありましたっけ?)



例えば優勝ユニットから選ばれる『一番星』。
個人であれば「勝ったから選ばれた」のは自然ですが、ユニットであれば「勝ったうえでなぜ選ばれたのか」が分からない。
これは初星コミュの花海咲季にも当てはまります。


全ての物事に理屈が必要だとは思いません、それがたとえ創作の中の出来事であったとしても。
「偶然」「たまたま」「運悪く」……こういった展開もむしろリアルに感じられるときさえあります。*2
とはいえ、理屈のない創作は”現実味に欠ける・リアリティのない”作品になってしまいます。
我々現実の人間がフィクションを楽しむ際、多かれ少なかれ「フィクション世界の存在を認める」「フィクション世界で実際に起こっている出来事として受け入れる」かと思います。
前述の「たまたま」も、ちゃんと作中人物の誰かが「たまたま」と認識している描写があれば、作品としての理屈になりえます。
けれどそこに理屈を見出せなくなったとき、読者は自然と別の理屈を見出してしまいがちです。
「作者がそうしたかったから」という安易な理屈を。

こういった状況を私はよく「夢から醒める」と表現しています。
フィクション世界に心地よく浸っていたら、ふと世界の創造主の操る糸が見えてしまった、そんな興ざめの感覚。
一旦物語として受容し終わってから、作り手の思想を覗き見るのは好きなんですがね。



話を学マスに戻しまして、素直な気持ちをまとめると
「『H.I.F』優勝して『一番星』になることにソシャゲとしての都合を強く感じてしまった」となります。
加えて、いち読者の勝手な気持ちを言わせてもらうと「別にみんながみんな『一番星』にならなくても良かったんじゃない?」とさえ思っています。
3年生組はともかく、1年生組は『一番星』や「十王星南」との関係性に差があり、それが今回の『H.I.F』編の読後感にも大きく影響しています。


……はい、ここまで長々と書いてきましたがただの、本当にただのいちオタクのぼやきです。
理屈とか語っておきながら、自分の論には別に理屈とかありません、感情だけです。
本当にただただ自分が不向きだっただけかもしれません。

以前記事に書きましたがアイドルというコンテンツを通ってこず、今なお魅力的には感じていないので、「歌やダンスが上手いアイドルはアーティストとして一目置いてる」程度の認識です。*3
学マスをここまで楽しめたのも「学園もの」「スポ根」の成分が楽しめていただけで、「アイドルもの」に重心が偏った時には”Not for me”になる可能性大です。
そしてその「アイドルもの」にはそこまで理屈は求められていないんじゃないかとも思います。
みんな優勝!みんな尊い!が許されるというか……明確な基準はファン数や再生数、売上しかない曖昧な世界というか……



自分はH.I.F編が落ち着いたら学マスを離れる予定です。
好きな作品の美味しいところは味わえたなって感じで。
美しい思い出にしておける間に離れるべき、そう学んできたオタクであります。




STEP4のひと言感想

姫崎莉波

『H.I.F』で優勝してしまったらどうなってしまうのか、親愛度10の時点では一番気がかりだったお姉ちゃん。
STEP2,3,4と順調にアイドルとして成長し、その心配も吹き飛ばしてくれました。
『一番星』は結果でしかなく、ここに至れたことこそがアイドル「姫崎莉波」の輝かしい未来を約束してくれています。
幸せになってくれ、莉波お姉ちゃん。
  『H.I.F』直前に懐かしいトンチキプロデュース(大真面目)が見られて嬉しかったな。
ちょくちょく周囲を置き去りにする大暴れを今後もしてほしい。

あと例の炎上は公式から説明があるまで一生忘れてやらない




有村麻央

いまだにSTEP1の「カワイイを受容する麻央さん」には不満しかありませんが、STEP2以降の「カワイイを受容した麻央さん」は魅力バッチリで良いコミュでした。
3年生組はやっぱラストチャンスだからこそ『一番星』の感慨もひとしおですね……

咲季との会話はなんで今まで絡みがなかったのか不思議になるぐらい良さに溢れていました。




月村手毬

STEP4の中でいっっっっっっっっっちばん!!泣きました!!!!!!!
思い入れが特に深いってのもあるんですがねぇ……それにしたって37話が感動的でした…………
正直35話までは予定調和で薄い内容でした。
でも36話、37話の畳みかけがえぐくて、ここでSTEP1に戻ってくるかぁ~~~~と号泣、横転、また号泣。

「一体いつから」ともリンクするのが最高なんですよね……
弱くて嫌いな自分さえも肯定して曝け出して手を引いて一緒に走り出す……
「月村手毬」というトップアイドルの誕生に立ち会えて感無量です……!




秦谷美鈴

美鈴のSTEP4も、彼女を推していた人間であればあるほど打ちのめされる素晴らしいお話だったかと思います。
正直な話、自分は秦谷美鈴の存在が今でも苦手です。
”努力への信仰”が覆しようのない価値観として自分に根付いてしまっていて、”歩いて頂へ上る”彼女をどうしても肯定できないからです。
それでもSTEP3で等身大の少女としての姿が見え、STEP4で慣れないことに挑戦しながらも彼女らしさで登り詰めた物語に感動できました。

胸を貸してくれた先輩方やイケメン手毬など、他では見られない関係性も観られて満足しています。
画像は幼馴染の空気感が一番好きなやり取り。




倉本千奈

STEP3は”用意された筋書”すぎて不満顔だったのですが、STEP4は彼女を取り巻くすべての人間の群像劇で、そしてそれをすべて味方につけて奇跡を起こすサクセスストーリーでした。
特に千奈Pと学園長のやりとりは、あまりに理想の”アイドルとP”でした。

前述の理屈の話に繋がるのですが、濁さず真正面から向き合う姿勢にも感服しました。

他の1年生は今年でなくても良いかもしれませんが、千奈(とことね)は「十王星南」に挑む今年最後の機会に意味があると思います。
アイドル「倉本千奈」から逃げずに戦い、すべてを背負って勝利した、王の誕生を寿ぎましょう。




篠澤広

可能性の低さを軸に据えながら、敵の力も借りながら成長する、実に「篠澤広」らしいプロデュースでした。
大学時代の同期からの手紙は初め蛇足に感じていたのですが、内容を見てからは手のひらクルー
「人生全てが武器になる」…… 色のなかった(はずの)過去も、自分と無関係な先輩同士の因縁も、すべてが「篠澤広」の力になってしまいました。
う~~~ん、お見事

BADENDでちゃんと有言実行してほしかったのは望み過ぎか




葛城リーリヤ

現状STEP4最低評価です。
スクショも3枚ぐらいしかない、すごい。
ちなみに「葛城リーリヤ」というキャラは上から数えた方が早いくらいには好きです。
でも清夏ちゃんとユニットで挑むことになり、ユニットの課題解決がコミュの基本となり、リーリヤ要素は痛々しい厨二用語ぐらい。
他の子たちがSTEP1を感動的に引用している一方で、悪口を言っていた同級生を漂白して、それっぽく勝って終わり。
王道と呼ぶのも烏滸がましいぐらい山も谷もないお話でした。

数少ないスクショは7割清夏の育成で驚愕したシーン

レッスンで最初に見えるのは清夏の顔

リーリヤずっと後ろに引っ込んでましたからね、なんじゃこりゃ。

ユニット路線になった時点で期待はしていなかったのですが、その低いハードルさえ潜ってきた印象です。
…………改めて、なんで”今”清夏とユニット組んで『一番星』を目指したんでしょうね……。
『一番星』を目指すこと自体は当然ですが、切り札を今切った理由は?来年でも再来年でもいいのでは?
これが”今のリーリヤ”になぜ必要だったのか、納得感のないまま話が進んでしまいました。
記事冒頭から愚痴りたくなった大きな要因の一つでした。




紫雲清夏

じゃあ同じユニット路線の清夏も同じく低評価かというと……全然そんなことはないのが自分でも驚きです。
ユニットではありつつもあくまで主役は清夏、トラウマの公表とそれすら武器にして舞う理想の姿を目指すアイドル「紫雲清夏」
同じユニットでこうも差が生まれるかと驚くぐらい、丁寧なシナリオだったと思います。
(『一番星』にこだわる必要もないお話でもありましたが……)

個人的な好みを言わせてもらえば、清夏がトラウマを公表するのはあまり好きな展開ではありませんでした。
それは「飛び級を公表し武器にする篠澤広」ぐらい、私が「紫雲清夏」に求めていた姿と異なる。
けれどそれは私という1プレイヤーが押し付ける偶像でしかない、とSTEP3で既に示唆されてしまっている。

結論、私から言えるのはこの台詞だけ。
周囲を幸せにして、自分も幸せになってくれ。

37話で一度きりの本音を打ち明ける清夏Pも良かったね。
年相応のプロデューサーくんが見える瞬間が大好きです。




まとめ

前半組への感想は以上になります。
いろいろ怨嗟もばら撒きましたが、学マスの世界とそこに生きる人々を愛しているので、彼ら彼女らが幸せならそれでオーケーです!*4


とは言いつつも、「ゲームの都合よりも物語としての都合を優先する」と1周年あたりまで感じていたのが、段々と入れ替わってきているようにも感じています。

そりゃソシャゲとしては順次実装が正しい(てかそんなポンポン実装できない)よ?
核心に触れるのは親愛度コミュにとっといて、イベコミュは当たり障りない内容でいいよ?
ガチャも小出しにした方が文句言われないよ?
全員が『一番星』になるのが正解だよ?

物語としてのゲーム体験をこだわる学マスは陰りを見せ、ソシャゲとして賢い学マスになっていくんだろうなぁって寂しさを覚えています。
(ただプロデュースを分割して周回時間も運要素も緩和したのは素晴らしいと思います、ちゃんと”ソシャゲとして”いいとこもあるよ)

*1:加えて露骨に制限掛けられて1周目じゃクリアさせない悪意を感じながらのプレイが苦痛でした
実際には慣れたらどのキャラも1周目でクリア可能になってくるんですが、なんかプレイしてて理不尽に縛られてる印象は拭えない
『初』のときと違うのは……ワイの傲慢さ尊大さ……かな…………

*2:篠澤広のSTEP4はここから逃げずに描こうとしていたので評価高め

*3:学マスにおいても歌が上手けりゃトップアイドル!って視点になっちゃってる気がする
ちなみにライブエアプ目線で上手いと思ってるのは手毬、千奈、燕
ちょっと別ベクトルだが広、莉波
声量・ピッチ・リズムなど色んな要素があるが、総じてどんな曲でも「自分のために書かれた曲」のように歌いこなせるかが個人的な基準

*4:だからこそ「自己肯定感爆上げ↑↑しゅきしゅきソング」で『H.I.F』に挑む藤田ことねは勝とうが負けようが予後が悪いので肯定できない
搦手で憧れの「十王星南」から『一番星』を奪った藤田ことねに幸せな未来は待ってないだろ!
考え直せ!ことねP!!!

鳴潮第三章・第五幕の雑感&男女比率への持論

なんか厄介そうなタイトルになっちゃいましたが、最近読んだストーリーや見かける話題へのただの雑語りです。







鳴潮第3章第5幕+α への雑感



まずは鳴潮の第3章第5幕と幕間について。
ストーリーとしては綺麗に畳んだなと思います。
期待していたラハイロイ総決戦(全員がそれぞれの得意分野で大活躍!)……とはお世辞にも言えないものの。
(千咲の出番、もっと本筋に関わっても良かったんちゃう??)
協力してる感を出しつつ、主要キャラがしっかり輝いた優等生な作りだったと思います。

話題が飛び飛びだったり、説明不足だったり、バグったり(ピンボケは修正きたとか?)…………
実装する緋雪ダーニャの説明も挟んじゃってたり
(ただこれに関してはとても、とても、とても改善されていました!!!詳しくは後程)
悪い意味での鳴潮らしさも相変わらずでしたが、良い意味での鳴潮らしさもまたまた進化し続けています。



あの戦闘は言わずもがな!
ムービーと戦闘、テキストとムービー、様々な演出がシームレスに繋がり没入感を生んでいました。
(だからこそ余計に3Dゲーあるあるのバグが惜しい……)

第3章第3幕ほどの感動はなかったものの、要所要所で癖を感じるシーンもあり、胸が熱くなりました。
さ~~~すがにエクソストライダー起動!!→アレフ1(ロボ形態)との一騎打ち!!! は熱過ぎた……!
第2章第11幕すら越えた、プレイヤーの期待に応えようとするサービス精神たっぷりのストーリーでした。




個人的に好きなシーンは断トツでここ!

虚無に呑まれ自棄になるのも、希望に向かって探求せずにはいられないのも、私がこれまで観てきたラハイロイの人々そのものです。
神に救いを求める、願いを力に変えるような展開であったリナシータとここで差をつけてくるかぁと唸りました。


その世界に生きる民草の人間讃歌が本当の本当に大好物で!!!
まさかそんな展開が待っているとは露知らず、はしゃぎ倒しました!!
いやぁ~~~~まじで思想が好きなんだよな、鳴潮の。
他でどんなクソ要素があっても、ストーリーの芯を愛せるから許せちゃうもんな!
(アンケートで30行要望・改善を送り付けたマン)(開発コードそんまま表示されるようなずさんなミスが多いぞ今回)






緋雪

緋雪には良い意味で裏切られました。
もっと冷静で、もっと常人離れしていて、超越者のようにふるまうとばかり。
『救世主』つながりで、しかも”失敗した”救世主として描かれるとは……脱帽です。
漂泊者との対比はエイメス1回限りの飛び道具だと思ってましたが…… こりゃ色んな地方で使えるぞ。

幕間で一人回想&組織長と対峙、という見せ方も新しくて良かったですね!
緋雪の一人称視点なので心の声をしっかり描写でき、負の感情も露わにしてくれる。
組織長の問い掛けへの答えはあえて見せず、再登場までドキドキさせられる。
漂泊者の活躍振り返りは周年のメタ的都合もよぎりましたが、うまく意味を持たせられていました。

一番効いたのはここ。

お姉さんとの最期の会話

まぁた素っ気ない会話が最後になっちゃった系思い残し遺され系もうどうしようもない系かよぉ~~~~~~~~~

と頭を抱えました……。
……はぁ…… お姉さんも素敵な人だったな…………。
剣技のやりとりは胸が締め付けられるようでした……。
ここでまた緋雪さんの語調が不器用な妹になるんだもんな…………はぁ……。



期待以上に魅力的に描かれ、大好きになりました。
巫女という役割の重責・周囲の無遠慮な期待、日本特有の空気感を出すのも相変わらずうまい!
緋雪の物語は葦ノ原にも続きそうなので、今後の活躍にも期待ですね。




エイメス

今回も我らの娘は立派でした…………。
エイメス(空)の健気な反応に愛着がわき始めていた頃ではありますが、やはり飛んで跳ねて迷惑かける元気なエイメスが一番ですね。

親子の激熱シーン



エイメス関連で一番感情高まったのはこのシーン。

モブ生徒の会話で触れられるだけだった、エイメスに手を焼いていた教授ですね。
憎まれ口をたたきながらも、自身の生徒に対する想いがこれでもかと伝わる言葉にジーンとしました。
家族でも友人でも特別な関係でも何でもないけれど、一生徒の、一子供の無事を願ってやまない善性は美しいし、報われてほしいと思ってしまいます。
どこかで一幕だけでも、エイメスとの会話が見たいなぁ。




漂泊者

今回も異常救世主として獅子奮迅の活躍でした。
緋雪とのやり取りは既視感がありつつも、流石の Good Communication でした。

作品として意外だったのは作戦決行にあたって、スペーストレック・コレクティブの長「チェイス」との問答。
こういう立場ある者同士の駆け引きが描写されるのは、カルロッタの連星任務以来?ってぐらい珍しい。

いや~~~良いキャラしてましたね「チェイス」さん!
・漂泊者を信頼したうえで、組織の利益と漂泊者の目的の妥協点を探る
・有事の対策も実行も迅速、かつ柔軟、かつ人命を賭した賭けにも出られる勝負師
大局を見ることができる傑物って否応なくワクワクさせられます!

惜しむらくはモブデザインであること…………。
これについてはまた後ほど詳述しますが、限られたリソースの中でもできることはある、そう考えるとむしろ好意的に捉えています。
見るからに実装しますよ!って美麗なキャラじゃ出せない味がありますからね。




エクソストライダー

今回の実質「歳主」枠のエクソストライダー、もとい「ラハイロイ」さん

あのさぁ!!!私何度も言ってるよねぇ!!!!!
上位存在が矮小な人間たちの善性に感化されて、論理ではなく感情で奮い立つ展開が好きだって!!!!!!

角といい、インペラトルといい、ラハイロイといいさぁ…………どんだけ気高く暖かいのさ…………
こんなん好きになっちゃうだろ!!!!!なりました!!!!!!!
以上です!!!!!!(好みすぎて鳴潮に対して怒ってる)



玉露

緋雪と同じく、予想を裏切られたキャラでした。
勝気で親しみやすく誰よりも妹を想う姉御肌、けれど迷いや弱みも持ち合わせる、非常に多層的で魅力的な人物でした。
緋雪との会話から察するに、歴代の巫女は「未来を借り受ける力を使いつつ、限界が近づけば次代に継いできた」のだと思います。

玉露さんはそうしなかった。
ひとえに、妹を同じ境遇に置きたくなかったから。
穂波の鳴式との戦闘で力を使い切って、灰も残さずにこの世を去った。
一方で、遺された妹がどういった選択をするのかもよく分かっていた。
その選択を詰りながらも心配で、逝くに逝けずに未練を残した。

善の傑物でありながら、家族愛に囚われる常人でもある、このアンバランスさがたまらなく愛おしい。
緋雪の才を認め、だからこそ可能な限り巫女から遠ざけた。
これも推測ですが「巫女が引き出せる可能性は本人の才能に依る」と思っています。
武だけでなく様々な方面に才のあった(公式の怒涛の供給ありがとうございます!)緋雪さんは歴代一の巫女である、そう玉露さんも組織長も感じ取っていたのでしょう。

ゼンゼロの儀降儀玄の姉妹もそうでしたが、姉妹愛と自己犠牲の物語は悲しくも美しく心惹かれます…………。
鳴潮は周波数という設定のおかげで死者との対話も頻繁に観ることができて、心を抉られながら、でも救われてもいます。
ありがとう、玉露姉さん。
緋雪が緋雪でいられる世界を頑張って作ってみせます。




その他

ここまでに触れてないキャラにも触れておくと、まずショアキーパー。
ワンポイントの出演でしたが、ブラックショアの協力、そして漂泊者への気遣いとバッチリな活躍。

次にルシラー。
学園の代表として色々融通してくれましたが、印象薄くもある。
ただ会話中の些細な仕草から、大人として、一個人として、漂泊者緋雪エイメス……学園に連なる全てへの愛情を感じました。
漂泊者から善人として信頼されていて良かった良かった。

モーニエ教授。
サブ主人公ともいえる大活躍。
後輩ムーブかましつつ、今回の作戦の総指揮をとっていました。
漂泊者の通信が途絶えたときの心境たるや…………頑張ったね。

シグリカ。
話の展開としてルーン解読で一活躍。
ダーニャちゃんの話でまた曇らせられるのか、はたまた明るく照らすのか、期待ですな。

リンネー千咲リュークはまとめて。
ちょこちょこ登場しているものの、雰囲気参戦のようなもの。
リューク先生は保健医として東奔西走ななか激励に来てくれて嬉しかったな。
リンネーはバイクの機動力で仕事してた(&ツーリングのフラグ建て)
学園生活、日常の象徴として輝いていた気がします。

千咲は…………?
私そもそも千咲といっしょの冒険に心躍らせながらラハイロイに来たんだけども……。
もうちょっとどうにか絡ませられなかった?と不満顔です。
まぁまぁまぁ…………葦ノ原編でまた出番あるでしょう……きっと…………。

ダーニャ。
完全に組織長の操り人形としての登場……かと思いきや自我で抗っていて偉い!
そして過剰な説明を潮汐任務中にしなかったのも偉い!
幕間が控えてるからってのもあるでしょうが、大きな物語が動いている中で個人の話に比重が寄るとテンポ悪いんでね。
目を覚ましたダーニャ、その来歴と訣別が見られるか、期待してます。

ついでに織る者。

スポット参戦ではこの人が一番嬉しかった!
シグリカの先達としての立ち居振る舞いが立派でした。

他にもネームドNPCをちょいちょい見かけました、ザヒーラとか。
お祭りでも見かけましたし、なんかかんか理由つけてファンサービス用意してるのいいですね。
(今回は緊急事態の避難なんで笑い事ではないのですが)

それとウェーブラインを使って全員が連絡取り合ってる感じを出したり、失踪した漂泊者を心配するメッセが溜まってたり、演出にも一工夫が見られました。
色々お試ししながら、より重厚より濃密より明快なストーリーテリングの腕を磨いていってくれたら嬉しい限りです。







実装キャラの男女比について

ここからは最近SNSで見かける&鳴潮で長らく問題視されている話題
「登場・実装キャラが女性に偏り過ぎじゃね?」について、偏見しかない持論を語ります。
何の論拠もない、n=1でしかない戯言という前提で興味のある方はサラッと見ていただけると幸いです。



そもそもの発端は先日ゼンゼロの発表なのかな。
新キャラ10名がドドンと公開されたようで、その中で男性は1人。
鳴潮ならそんなもんかってなりますが、まぁそれが界隈外に流れてくるぐらい物議をかもしてるとしてないとか。
それが鳴潮にも飛び火しているとかしていないとか。

自分はゼンゼロから離れてしばらく経つので、そちらには特に言及しません。
(エレン・ライカン等の尖ったキャラデザ、ファンタジーとSFが融合したポストアポカリプス!を吹き飛ばす痛快コメディアクション!!が魅力のゲームだったのでは…………?という愚痴だけ置いときます)


鳴潮の実装キャラの男女比について、どちらかというと不満側です。
限定で実装されている星5が30名*1、うち男性は5名…… 5:25です。
単に男を増やしてほしいというより、美男美女枠は十分なんでもうちょい冒険してほしさある。
イケオジ、美少年、性別不詳、糸目、ゴリマッチョ…… そらいろんなキャラ操作したいしストーリーで見たいよ。
一方で、まぁこういう事情もあるやろし仕方ないよな……と諦めている側でもあります。
1ユーザーが憶測したところで何の信憑性もなければ、それで擁護や攻撃をしたいわけでもありません。
変えられないものと心の折り合いをつけていくことも、エンタメを楽しむうえでは大事なことと個人的に思ってるだけです。
変化に気づき、考えることをやめないよう常々自戒しております。



前置き(予防線)が長くなりましたが、ようやく本題に
鳴潮の実装キャラが女性に偏ってしまうことの要因として、大きく2つに分けて書きます。
『3D・アクション・ソシャゲに共通する限界』、『鳴潮特有の問題』の2点です。
他にも「中国開発のお国柄・情勢」や「グローバル展開への影響」などもありえますが、段々ゲーム自体の問題から離れていってしまいそうなので割愛いたします。*2




『3D・アクション・ソシャゲに共通する限界』

1-① 3Dモデルの開発、キャラ実装ペースの限界

一時は原神が独占していた3Dソシャゲのブルーオーシャンも、様々な作品が増え、限られたパイの奪い合いになっています。
ソシャゲ業界全体が長らくその傾向がありますが、膨大なボリュームを売りにする3Dソシャゲにおいてはより顕著に見られます。

新たな客層を得ることが難しく(原神があまりに広く認知されているため)、既存作品のファンを奪わなければならない。
当然既存作品と比較され、明らかな長所がなければ「○○で良くね?」で終わりです。
ソシャゲの魅力にはOnGoingでの盛り上がりも多分に含まれており、面白さとしても商売としてもプレイ人口が正義という面は否めません。

新規参入する場合は圧倒的なグラフィックを求められる、どころか必須条件となっています。
「グラフィックがいい」 誰の目にも分かる長所はこれぐらいであり、そうでなければ土俵にすら上がれない印象まであります。
それを満たしたうえで、「シナリオは?」「ゲーム体験は?」「エンドコンテンツは?」と様々な観点でハイクオリティを求められていきます。

ここで一つ、先駆者である原神の作った風習が功罪となります。
それは6週間に1度のアップデートです。
そのタイミングで新規キャラ実装だけでなく、シナリオや新マップも実装されていきます。
さらには動画コンテンツ、個別の楽曲などゲーム外の施策も盛り盛りです。


自分はここまで例に挙げてきたもの以外だと、ソシャゲとしてはFGO、ウマ娘、ブルアカ、アクナイなど有名どころしか触っていません。
3Dオープンワールド風ソシャゲと比べて、恐らくそのどれもが開発運営コストが低く済んでいると思います。
しかし、これまたそのどれもが6週間に1回メインストーリーを更新するなんてできていません。


一方で、キャラ実装に関してだけ言えばソシャゲとしては控えめな部類でもあります。
1か月で4体とか6体とか実装するソシャゲも珍しくありません。
原神式では6週間に2体、ソシャゲ基準では少ないとさえ言えます。
実際自分も原神始めたての時は他ソシャゲと比較して「更新遅いなぁ……」とさえ感じていました。
ソシャゲの更新=キャラ実装って認識がありましたから。
低レアを含めてより多くのキャラを実装、登場させられるのは2Dソシャゲの無視できない利点だと思います。


そう、この6週間に1回の更新は中身を見るととんでもないハイペースなのですが、頻度だけなら常識の範疇。
ソシャゲにとって話題性やユーザーの熱を保つためには更新頻度も重要ですから、むしろこの長さが飽きられない限度と言えるかも。
そして実装できるキャラ数が少ない分、優しそうで全然優しくないガチャ形式が生まれ、かつ売り上げに貢献するキャラ造形が重要視されるようになった(と勝手に推測)。
何人かの中で誰か売れればいいや、ではなく少ない弾数で当て続けなきゃいけない。

結局のところ、3Dソシャゲの開祖がそれで始めちゃったもんだから後続は真似るしかなくなっちゃった。
莫大なコストを数少ないキャラの売り上げに委ねる、であればキャラを売る努力とは別に、売れそうなキャラしか実装しないのが商売としては正しいんですよね。*3


長々と語ってまいりましたが、ようやく鳴潮について……とはいえもう既に自分の意見は書いちゃってます。
実装ペースが決まっている以上、売れるキャラを作り続けなきゃいけない制約は重くのしかかってくる。
この影響は男女に限りません。 女性キャラの中でもロリやおば、男性でも少年やおじ…… とにかく人を選びそうな属性は初期組以外ほぼ実装されていません。
鳴潮が異様なやる気を出しまくって毎バージョン4人実装、うち1,2人は低レアみたいなことしない限りは解消されないかと思います。*4



1-② アクションゲームのターゲット層

大前提の予防線として、この項目で話す男女差については一般的な傾向でしかありません。
個々人の好みとはまっっっっっっったく関係ありませんので、ご了承ください。


自分の中の偏見として「男女によって好むゲームジャンルが違う」というのがあります。
より雑に語ってしまうと「ノベル・シミュ・RPGなど操作難度低めは女性人気高め」「アクション・シューティングなど操作難度高めは男性人気高め」という認識があります。

皆まで言うな、これはただの偏見です。
ジャンルよりもグラフィックデザインの方向性の方がよっぽど男女差があるとも思っていますが、それはより根拠のないものになってしまいますので……。
ただ鳴潮が今のデザインのまま、ジャンルをRPGやノベルに変えたらプレイヤーの男女比率も1割2割変わって、運営方針も変わってそうな気がします。(ただの妄想です)


ここでゲーマーの男女比について触れておきます。
「日経エンタテインメント!」2025年4月号の記事によるとゲーム関連の【男:女】の比率は
プロセカ【45:55】原神【55:45】ポケモン・Fate・崩壊・スプラ【6:4】
マイクラ・FF・ドラクエ・マリオ【7:3】ゼンゼロ【75:25】バイオ・モンハン【8:2】
フォトナ・Valo・Apex・ウマ娘【85:15】モンスト・ブルアカ【9:1】
あとはゲーム以外も含んでそうなアイドルIP(アイマスとかバンドリとか)は女性もそこそこいる。
男女比【1:9】以上に男性アイドルIPが見られるぐらいでしょうか。

そもそもがほとんどのゲームにおいて男性多数なようです。
(ゲーム全般だと7割以上男性らしい)

これと課金額はまた別軸で考えなければならないでしょうが、分母の数は無視できません。
男性割合が8割超えるようなゲームは男性をターゲットにした方が、それを好まれるお姉さま方としてもハッピーな気がします。
その点、ゼンゼロは絶妙~~~~~に扱いづらい位置にいますな。
男に売り出すべき割合だが無視できないぐらい女性もいる……。

ここで鳴潮の話に戻ります。
鳴潮については表に記載がなかったものの、他ゲーと照らし合わせて【8:2】~【9:1】ぐらいの割合に落ち着きそう。
その視点で見ると実装キャラの男女比 5:25 もおかしくない数字に見えてきませんか?
まぁ結局は運営のみぞ知るってやつですが、ゲームのターゲット層を意識したキャラ実装になりがちなのは一考の余地ありかと思います。


1-③ キャラの使いどころが高難度なエンドコンテンツ

になりがちです。
これは1-①、1-②とも関連していますね。
ソシャゲに課金させるには動機が必要。
キャラ、スキン、装備、育成素材、周回スタミナ etc... 課金先はゲームによって様々です。

鳴潮はじめ3Dソシャゲの主流はキャラガチャ。
「推しだから引く!」「好きになったキャラは引く!」というプレイヤーも少なくないでしょう。
自分にも全く実戦で使わないまま半年経った千咲がいます。
ようやく出番を与えてあげられそうでウキウキです。

そんなキャラ愛の人でも、せっかくゲームのキャラとして手に入れたのだから、キャラを活躍させる機会が欲しいでしょう。
そんな舞台をたいていのソシャゲは用意しています、PvEかPvPのエンドコンテンツとして。

ここでまた原神の功罪が登場、あるいは時代の要求ともいえるかもしれません。
3Dソシャゲのエンドコンテンツの多くがソロのPvEを主体としています。
一方でソシャゲ全体で見ればむしろPvPや協力PvEが多数派です。*5

3Dソシャゲのほとんどが、実装キャラについては個人の攻略においての能力だけで評価される土壌となりました。
つまり、ユーザー間の競争を煽って課金させるソシャゲではないのが当たり前になってくれました、ありがたい限り。
(まぁソシャカスは勝手に争いだすんですけどね、愚か愚か)

そんな感じで課金圧的には優しい部類なのですが、裏を返せば「キャラを引く動機をゲーム性に依存しづらい」という欠点でもあります。
他プレイヤーに勝つため、もしくはストーリーの難所をクリアするため、そんな動機でキャラを引く機会がめったにないのが3Dアクションソシャゲの通例になってしまっています。
だからといって雑なインフレで課金圧を高めるのも反感を買うのが難しいところ。
ここは1-①で触れた開発リソースの限界ともつながるかもしれません。
色々試す時間も金もない(だからクソつまんねぇイベントで可処分時間を奪う必要があったんですね)。

結局、ソシャゲユーザーへの商売って面倒厄介このうえないんですよね。
「キャラの入手はしたい、その価値も感じたい。けど金はできるだけ出したくない」
「キャラを通して成長や達成感を味わいたい、けど強制されたり苦痛を伴うのは嫌」
がソシャゲのボリューム層だと思います。

だって少なからずこの思想を持っている私が、エンドコンテンツのスコア的にはどのソシャゲでも上位10%20%ぐらいにいるので。*6

そもそもエンドコンテンツに挑戦しないユーザーも結構な数いて、これが1-②につながってくる。
エンドコンテンツにも取り組む熱心な男性層の方が離れづらく太客にできる、的なね。
(現実的には他のアクションゲーに流れる可能性も大いにありますが、キャラ愛の人にもそれは言えてしまうので)


まとめとして、鳴潮が『3D・アクション・ソシャゲ』である以上、避けられない課題や限界があると私は認識しています。
できるのは精々「金の匂いを感じさせずに、やりたいことをやれる程度に、金を稼ぐ」上手なソシャゲ運営ぐらいかと。
なにか画期的な、ソシャゲの枠組みをぶっ壊すようなことを発明しない限りは。



『鳴潮特有の問題』

2-① 男キャラのストーリー

ここからは背景や事情に慮るのをやめて「鳴潮くんが下手くそなのも普通に悪いよ?」パートに入ります。
まず1つ目 「男のシナリオ少ない&おもんない」
これは決してキャラの魅力が欠けているということではありません。
むしろ鳴潮の男性キャラクターには無限にメロつける顔と声と設定があります。

でも、シナリオで描かれないんじゃ猫に小判です。
具体例を挙げると
・忌炎、ブラント …モブが主役の連星任務
・相理要 …お話は良かった!……けど配布(ありがとう)ストーリーが期間限定、復刻なし
・仇遠、リューク …メインストーリーの補完としては面白い、がキャラの紹介としては物足りない
5人しかいないと紹介が早くていいな~(棒

ってな感じでほぼ例外なく出番が少ない&地味です。
がっつり主役のお話貰えたの相理要ぐらいじゃないか?
まぁ今は読む手段ないんですけど。

女性キャラはというと、潮汐任務での主役、連星任務も主役でめっちゃ力入ってる、とシナリオ上での優遇され方が違います。
薄味なの折枝ぐらいかな、女性キャラは初期の初期から魅せ方のこだわりを強く感じました。



ここで一つ擁護する(=諦める)としたら、作品によって、ないしは書き手によって、得手不得手はあるということです。


私の中で男性キャラを魅力的に描けている作品として「ペルソナシリーズ」や「Fateシリーズ」、「崩壊スターレイル」*7が挙げられます。 同性だから感情移入がしやすいのもあるかと思いますが、男性キャラじゃないと描けない魅力を描けている点が大きいと思うんですよね。

一つ例を挙げると『友や仇敵に抱く仄暗い感情』は男キャラの方が映えるような気がしています。
誤解を恐れずに申し上げると、ある種の”女々しさ”は男キャラにしか出せないと思っています。
(「女装は男にしかできない漢らしい行為」みたいなへんてこ理論だと自覚はしてます)
P3Rの順平、FGOのカドック、スタレのアベンチュリンなどなど
男のもつ弱さが、そしてそれを超克する強さが光る物語って良くないですか?

まぁもっと分かりやすく『男が惚れる漢らしさ』『器のでかい漢』といった渋い路線もいいですよね。
P5Rの吉田寅之助、Fateのイスカンダルとかね

ここでもう一つ面白いのが、上記のように感じる作品って女性キャラのストーリーは相対的に微妙なものも多いんですよ。(個人の感想)
ペルソナとか男どもの話の方が数段面白く感じます。
全く同じ登場機会が与えられていてもそうなるのは、つまるところ、書き手の得手不得手もあると思うんですよね(複数ライターがいるなら話は変わりますが)



ここで鳴潮に戻りまして、そういった描写がやろうとしてもできない、下手くそですってんならもうしょうがない。
できる強みを活かしていくしかない。

でもよぉ、おれ鳴潮くんができないわけないって思っちまうんだ……
忌炎⇒哥舒臨、スカー⇒漂泊者は前者のじめっとした感情だろうし、なんなら相理要やアウィディウスのときにできてたからね。
後者についてもフェンリコ、パドリーノ、そして今回のチェイス
惚れるイケオジがわりと登場しています。
なんなら主人公である漂泊者くんが他作品の主人公と比べてもスパダリ度高め。
キャラクターたちの設定を見ても勘所は抑えているというか、「オタクくんてこういうのが好きなんでしょ?」みたいな深い理解を感じます。


できないわけじゃない、けどやれてはいないのが歯がゆい歯がゆい!!
もっと自信をもって力を入れて、男キャラも推してくれよ!
サイパンコラボでさぁ!!サンデヴィスタン使いこなすデイビッド実装してくれよ!!!!!!!



って感じです。
とはいえさ、結局イケオジ実装されても引くかと言われると……。
パドリーノの二丁拳銃なら引いてたかなってぐらいで優先度下がっちゃうのも本音としてある。

男が主役にならないだけで、脇役には結構NPCの癖アリ男が登場していて、ただの不快なモブにとどまらないキャラも多くいます。
やれる範囲で頑張ってる、って認識なんですがねぇ…… 難しいよねぇ。



2-②男でもor男の方が向いてる役割も女性キャラに

ぶっちゃけた話、このキャラの設定なら男キャラの方が良かったなぁってキャラいます。
無から生み出すのはアレなので、既に実装されているキャラから例を挙げると

まず吟霖
良い連星任務だった前提で、この設定のまま男キャラにしても良かったと思います。
傀儡を扱う戦闘スタイルは女性キャラの方が似合うし、足組みカットインは最高of最高ですがね。

次にザンニー
一言言っておきますが鳴潮の中でもトップクラスに好きなキャラです!
男キャラに変えてしまうことでこのキャラデザが世に出ないぐらいなら今のままでいいです!!!
……という私情を抜きにすると、用心棒に社畜、男でも映えた設定かと思います。
フィービーとのおにロリのバランスもいい感じ。

次にルパ、オーガスタ
これまたどっちも超超超大好きなキャラですけどね!!!
グラディエイター×女性ってギャップはいいんですが、どちらかは男でも良かったんじゃないかな。
ルパの距離の近さは女性じゃないと……ってのとユーノやガルブレーナとのCP的にオーガスタの方が適任か
内気で弱い幼少期から努力で成り上がるなんてジャンプ主人公にいくらでもいますからね。

あとはまだ未実装ですがルシラー学園長かな。
経歴、役割、能力どれを取っても女性である意味はなさそう。
あの抜群のルックスで老獪なやり取りしてくれるの大好きですけどね。

以上に挙げなかったキャラは、まぁ女性の方が味がすると感じています。
カンタレラは姉妹の蟲毒をまるごと男に変えてもいいけど……。
うーむ、今のままの方が清らかで高潔で強靭な精神とのギャップが美味いか。
ガルブレーナも男にしちゃうとどっかで見た王道になっちゃうしなぁ……。
慕ってくれる後輩キャラとか、ヤンデレ束縛彼女とかはやっぱ女性の方が向いてそうだし。
(男でも独特の味がしますが人を選ぶはず、それこそ女性向けジャンルになってしまう)



まぁ結局何が言いたかったかというと、
・男性でもできそうな役割を女性に振ってるので、男を増やそうと思えば増やせるんちゃう?
・女だらけの絵面には笑っちゃうけど、男性キャラと同じ役割を担う女性キャラはいるので「話が締まらない」とは感じない
ですかね



2-③男キャラの性能&実装タイミング

キャラが強けりゃ「引かなきゃ!」って強迫観念に駆られるのがソシャカスの習性なのです。
しかしながら、鳴潮はお優しいことに男性キャラの性能や実装タイミングがいまいちです。



順番に見ていくと

忌炎は最初の限定キャラだったので性能的にはよろしいんですが、最適サポーターが更新されず(これはVer1.Xアタッカー共通)当然環境には置いていかれることに。
強みである集敵を活かせる舞台も、9か月後のVer2.1『廃墟』実装までありませんでした。

相理要は吟霖とのPTで輝きましたが、リナシータが始まる頃には仲良く型落ちに。
そもそも配布で貰えた。

ブラントは非常に優秀なキャラ!……けれどサポート性能なので相方待ち(せめてロココと組めればな)。
ルパが登場してからは長らく一線級。

仇遠は盲目の剣客として最高の見た目と最高の設定と最高の声!
からの音骸サポーター!!!
は?
そのうえ音骸アタッカーたちに最適とはいえ必須でもない立ち位置。
多分10年後も許してない。

リュークは優等生なアタッカーで文句無し!……だけど直前があのエイメス。
そらみんなエイメス引くだろ、しかもPT編成もエイメスと奪い合う形に。
エイメスの異常編成が主流になってくれればリンモニ空くかな。



ってな感じで「引かない理由を探すのが容易」な鳴潮男性陣。
そら引かれませんわな。
そういう環境にしておきながら「男性キャラはガチャが回らないから~」は通りまへんで。

前述のとおり「男性向けゲーム」ではあると思うので、男性限定パを作れる、なーんて期待もしてないけど。*8
せめて設定に則した活躍が見たいっすよね。

仇遠…………。



まとめ

いろいろ脱線しつつ好き放題書きなぐりました。
なのでもう、特に言いたいことはありません。

あーーーーーーんなガチマジぎゃんカッコイイロボ作れる人たちは男の子の心を持ってるに違いない!
ので、この女の子に囲まれて居心地悪い男の子の気持ちも分かってくれるはず!!←

運営上どうしようもない部分には同情しつつも、できる範囲で改善を目指して、よりよいゲームになっていってくれたら嬉しいです。
今回のチェイスの渋さには痺れました!今後も期待しています。






ってか男女比なんてどうにもならない部分は置いといて、音骸の所持上限とハーモニーのえぐい被り方、厳選の煩雑さ面倒さで不満の声が沸き上がってくんねぇかなぁ!!!!!フィールド狩りがはかどってしゃあないぜ!!


*1:5/4現在、ダーニャも含む

*2:「有男不玩」という運動を耳にしたときはカルチャーショックでした
興味のある方はお調べください

*3:個人的にこれに当てはまらないのが原神やFGO
まぁなんといっても圧倒的な人口、売れるタイミング以外でも売れてる特異なゲームです
だからこそ、多少冒険してもコケても平気というズル
先人が一番参考にならないのにその先人と勝負しなきゃいけない、という始まる前から負け戦みたいなのが3Dソシャゲの現状のように思います

*4:釉瑚灯灯卜霊といった新規星4実装しているバージョンも新規星5は1人なので……
実装数の増加は期待薄

*5:原神も初期はMMOの要素を期待する層がいましたが、作り手の問題か商売の問題かソロ攻略が主体となりました
(少し前にUGCが実装され、そういったマルチを楽しむ層も受け入れてそうではある)
この点は中国やアジア圏でのソシャゲの立ち位置がより重要になりそうなので深くは触れないでおきます

*6:つけ加えておくと、プレイ時間を競うソシャゲもやったことがある(パワプロ)のですがそっちは半分にも入れなかった記憶
私は時間で解決するタイプでもありません

*7:ピノコニーに失望して離れちゃったエアプの意見です、すみません
見たいところを見せてくれない展開が続いて「あぁ、この作り手の好みと俺の好みとが決定的に違ってるんだなぁ」と痛感させられました

*8:ダーニャの性能が発表され、エイメスだけじゃなくリュークPTにも起用できそうです
そうなるとリュークとシグリカの性能入れ替えればシグニヤPT・リューク仇遠PTっていう全員幸せな構成が作れていた可能性も…………
でも、そうはならなかった ならなかったんだよ、ロック

安守ミノリをなぜ好きなのか分からなかった

ブルアカ大好き一般人の私には、ブルアカのキャラクターに『推し』がいません。
厳密には今までの人生で特に『推し』といった存在に出会ったことがありません。(学マスの記事でも軽く触れています)

キャラクターを好きにならないかと言えば、それも違います。
印象に残っている作品であれば、登場人物の半数以上が好きといって過言じゃない。
嫌いなキャラ、合わないキャラであっても「この瞬間はイイよね!」みたいな魅力を挙げられます。
(キャラクターよりも「なんでこんな描き方にしたんだよ……」と原作者を責めがち)
作品の”箱推し”なんて表現もできそうですが、逃げな気もする。


ことブルアカに関しては、嫌いなキャラはガチのマジで一人もいません。
それはキャラクターの長所・愛嬌・隙をほんのわずかな行間だけでも描いてくれるおかげで、他がいくらダメダメだろうと「でもあの子にはあの子にしかない良さが……」と庇いたくなっちゃう。
イベストに一回登場したきり、みたいな子を除けば、どの生徒でも1時間魅力を語る自信があります。

一例として、この2文でマコトとヒナの関係性について無限に語れ妄想を垂れながせちゃいます。



そんな好きを見つける方が性に合うオタクなのですが……いかんせん『一番』が存在しない。

好き嫌いの濃淡はあれど、「このキャラクターが一番好き!」「推し!俺の嫁!」のような熱いパッションが沸いてこない。
「AにとってBはこんな存在で!!!あの時救っているようで救われていて!!!!!」とかならいくらでも熱弁出来るんですがね……。



これがオタクになりたての頃からずっと抱えている(別に治す気もない)私の欠落です。
オタク語りする際に非常~~~に困るんですよね…………。
オタクのコミュニケーションなんて昔っから、第一声が「○○見た?」お次に「誰が好き?」なもんで。
まぁ相対的に見たら一番かなってキャラを無難に挙げて茶を濁す日々です。
お相手の熱量に乗っかっていいとこ語りするのは得意なんですがねぇ……




これまでの人生で答えてきた「自分の好きなキャラ」は一応各作品にいます。
パッと思いつくのは艦これの比叡、FGOのキルケー、U149の赤城みりあちゃん、ジアビスのガイ、P5Rの丸喜、P3Rの順平……
ここから導かれる俺の好みは…………なに?

「明るい」「元気」「優しい」なんて他に誉め言葉がないときに使うフレーズでしかくくれない気がする。
見た目の好みは褐色白髪(キャラクリあるゲームだいたいコレにする)なんですが一人も被らねぇ
結局はストーリーでの描かれ方次第で、深みに気づいたキャラを好きになるって傾向はあるんですが、それぞれの作品に他にも該当するキャラはいっぱいいますし……
うーむ…………

ついでにブルアカも挙げますが、本当にみんなのことが好きすぎる!!のに『一番』はいません。
泣く泣く10人ほどに絞るとカヨコ、ウイ、ウタハ、カスミ、カンナ、コノカ、コユキ、サクラコ、サツキ、ナギサ、ノゾミ、ハナコ、ミチル、ミネ、ヨシミ、レイサ、ヤクモ、リオ、レンゲ*1
うん、余裕でオーバー。
こう並べてみると参謀兼苦労人を好きなのと、可愛さとエモさのギャップに弱い……気がします。
ちなみに見た目だけならフユとかマリナとかのイケ女、レンゲとかオトギのボーイッシュですかね
でも、彼女たちが見た目そのままの中身でもたいして好きにはならなそうで(ワイの好みが)厄介この上ない





はい、初っ端から長々脱線しましたが、ここからが本題になります。

ここまでに挙げたキャラは「あのストーリーのこの台詞が~」とか「この場面であの選択を~」とか、なにかしら好きになった理由が浮かぶのですが。
ブルアカにおいて唯一好きになった理由が思いつかず、けれど確実に好きな生徒が居ます。

それが 安守ミノリ です。


見た目は正統派美少女、勤勉優秀な3年生、キヴォトスの花形である建築業に携わり、趣味がストライキとデモと工作、権力者には忖度しないインテリ革命家……。
雑に括れば、思想も頭脳も腕力も強い美人さんである。

「強い思想を持った女の子だ~いすき!!」という方も全国10億人ほどはいらっしゃるかと存じ上げるが、オタクとして未熟な自分にとってはむしろ苦手な属性です。
そういった尖ったキャラは往々にして『そういう属性』ばかりが扱われがちな印象があります。
その点、この安守ミノリも赤冬のコメディ担当、オチ担当として便利に使われがち。

ただし、そこは天下のブルーアーカイブ。
組織のリーダーではない1女学生としての姿を絆ストーリーで描いていたり、その器用さと柔軟さと雄弁さを遺憾なく発揮した名作ミニストーリー「手動期の終り」があったりします。
油断しているところにとんでもない沼を用意してるから侮れないのだ、このゲーム…………



閑話休題。
自分はこの子のことを実装当時からほんのり好き(といいつつゲーム内最高Tierに入るぐらい好き)なのだが、自分でも彼女のどこが好きなのか言語化できていなかった。
気付いたら好きになってて、登場のたびに「やっぱいいなぁ~」と思いつつ、きっかけも理由も見当たらないという。



その答えが見つからずに悶々としたまま数年生きてきたのですが、最近ブルアカに大きな動きがありました。
メインストーリー第2部開幕。
連邦生徒会や矯正局を絡めながら、謎が謎を呼び、穏やかに異変が侵食していく、非常に読み応えのあるお話でした。
早く続きが読みたくてたまりません!!! …………ってのは置いといて。

カヤやFOXの活躍から想起されたのは、カルバノグ2章で大暴れした安守ミノリの存在でした。
ミノリについての認識を深める良い機会だと思い、彼女の登場するストーリーを一通り見直していたのですが、ここで一つの気づきがありました。

それはミノリを好きになった一因であり、前述の自分の嗜好について一貫している要素である…………かも。

思いついたばかりでまだ言葉にするのが難しいのですが、なんとか言葉にしてみると
「見つかりづらいものを見つけてくれる人」「日陰を照らしてくれる人」「消えてしまうものを憶えていてくれる人」が好き

気付かせてくれたのはメモロビのこの台詞

他にも絆ストーリーでは、同じ工務部の部員を想う良き部長としての姿が描かれていました。
思えばミノリの活動における主張は”労働者の権利”に対してが主軸。
そこにはミノリ自身の趣味も含まれているでしょうが、声無き『無形の努力』に代わって声をあげているともとれます。



見ようとしなければ見えない誰かの頑張りで、今も世の中は回っています。
そんな頑張る誰かを、そしてそれを見つけてくれる誰かを、私は好きなのかもしれません。



私は”元気な人”が好きです。
けれど、それは”元気だから”ではありません。
どんな人にも不幸や障害、挫折は訪れます。
落ち込んだり僻んだり拒絶したり……ネガティブになってしまった方が心が軽くなる経験は誰しもあるかと思います。

でも元気な人は、元気に”見える”人はそうであろうと振る舞ってるんですよね。
痛々しい自己犠牲なのか、後ろめたい虚栄心なのか、慈愛に満ちた親切心なのか、本心はわかりません。
それでも、そんな彼ら彼女らの姿に勇気づけられ救われる人間は少なくないはずです。

嬉しさを共有して悲しさを希釈してくれる、そんな太陽みたいな人の心には誰が寄り添ってくれるの?


私が”元気な人”を好きな理由は、その人の内面を勝手に憶測し、それを理解したいという下卑た欲望から来ているのかもしれません。
もしくは自分自身のそういった面を見つけて欲しい、のかもしれない……。
自分でもだいぶ気持ちの悪い欲求だな、と引いちゃいます。
けれどそれが結果として「良いとこ探しが得意な自分」を育ててくれたのなら、まぁ社会にとっても意義は見いだせるかな~といったところ。



はい、長々と自語りをした割にはあっさりした結論ですみません。
自分でも「なんで今まで思いつかなかったんだろう」と不思議なぐらい簡単な話で、なのに妙に腑に落ちちゃったんで書き残すことにしました。
今後の人生は好きが見つかるたびに「このタイプか?別か?」と問い続けて、癖を広げて森羅万象を愛せるオタクを目指します。




~おまけ~

ブルアカ第2部おもろいねぇ~~~~~~から端を発した自問自答だったので、そちらにも多少触れておきます。

パヴァーヌ、エデン、カルバノグ1章、百花繚乱1章などなど
「なりたい自分になっていい」「嘘も信じ続ければ真実にできる」といった『嘘や二面性の肯定』をやったかと思えば。
カルバノグ2章、百花繚乱2章、オラトリオ、デカグラなど
「真実が嘘だったなら」「嘘が真実になってしまったら」といった『真実の不確かさ・残酷性』、否定的な文脈でも見せてくるのがたまりません。

これまでに積み上げてきた物語を引用して前に進んでいく、ブルアカがどんどん色んなお話に挑戦しつつ、最後は生徒が主役に帰結するのが最高です。



連邦生徒会長はどんな存在で、どうなってしまうのか。
オーウェルの助言は果たして先生やリンに利するものなのか。
輝くトラペゾヘドロンに映る景色はキヴォトスと関係するものなのか。
そもそも先生やアロナがこの世界の異物ではないのか。
(ここにきてプロローグでアロナの指紋認証がおざなりだったり、パスワードがプレナパテスと逆なのが気になってきた)
シャーケードの杖とモノクロな世界はどのテクスチャの世界なのか。

数年越しに4.5thPVの要素が回収されワクワクが止まりません!
謎は多いですが、これからも期待していますよブルアカくん。




*1:『ブルーアーカイブ 推しキャラソーター』なるツールが公開され、SNSで見かけるようになりました
自分もありがたく利用させていただきました

いや~やっぱり自分は優劣決めるのが苦手だな……
リオとヒマリ、ネルとレンゲとか決めれるわけないですや~~~ん泣泣泣
残ったメンバーに納得感はあるものの順位はその時の気分次第でいかようにも変わりそう