先日『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ <ワルプルギスの廻天>』を観てきました。

いろいろ期待半分・不安半分で観に行ったのですが、想像を上回る面白さでした!!!
作品からいただいた新鮮な感情をそのまま残せればと筆を執った次第です。
詳しくは後程書きますが、自分は「まどマギ」について”にわか of にわか"です。
どれぐらいかというとアニメ作品を1周しただけ、ゲームも漫画もなにもかも触れていません。
ですので、熱心に追い続けていらっしゃるファンの方には、とてもお見せできないような浅い浅い感想かもしれません。
先に謝らせてください、にわかが偉そうに語ってすみません。
こういった長く愛されている作品の感想は、心のうちに留めるだけかTwitterでちょろっと流すかぐらいにしがちな自分なんですが…………。
ちょっとあまりにも……あんんんんんまりにも面白かったから書きたくなっちゃった♪
なのでもう開き直って、まどマギをよく知らない人間が好き勝手書く記録にしちゃおうかなと思います。
アニメ以外のコンテンツ・関係者のインタビューなどなど、すべてを知らない人間のまっさらな感想です。
その浅さを寛大にも許していただけるなら、初見の感想として楽しんでいただけると幸いです。
「まどマギ」への認識
自分の「まどマギ」に対する認識を軽くまとめておきます。
どれだけのにわかなのか、自虐するコーナーです。
「まどマギ」の『TV版』が放映されたのは2011年の冬、あの震災があった年です。
当時から既に話題となっていましたし、自分の姉はリアルタイムで追っていて度々感想を聞いていたりはしました。
ただ、自分が深夜アニメ等をニコニコで見始めたのはその数年後で、「まどマギ」を視聴したのも数年ズレていた記憶です。
”オタク”なりたてで義務的に過去の話題作を摂取していた時期だったので、「まどマギ」についても1周ながら見して、あらすじやキャラクターを知ってる程度の激浅オタクでした。
その後の展開にも特に触れることはなく、「ソシャゲが始まったんだ~」「いつのまにかサ終して、いつのまにか続編出てる」「なんか炎上してんだ~」*1ぐらいの、”自分が詳しくない有名IPのひとつ”ぐらいの距離感でした。
「マギレコ」がアニメ化していたことも今知ったぜ…………。
そんなこんなで『TV版』から15年経った今年、完全新作の映画が公開されるとのことで。
延期のニュースをちょくちょく聴いていたので、「おっ、シャフトだな」「おっ、ようやく出るんだ」ぐらいの感じでした。
んでまぁ、この機会に改めて履修しておくかと、つい最近『劇場版 前編/後編』『新編 叛逆の物語』までを一気見しました。*2
それがまぁ、めっっっちゃ面白くて!!
『TV版』がここまで美しくて、『叛逆』がこんなに救われて救われないのかと…………。
…………もしかして……「まどマギ」って……社会現象になるくらい…………めちゃくちゃ面白いのでは…………?(干支1周以上の遅刻)
当初『廻天』はそこまで観る気なかったのですが、一気見した「まどマギ」が面白かったうえに、直近の『ちいかわ』で「映画ええやん!」マイブームが来ていたこともあり、せっかくなら観に行くかと。
そんなこんなで観に行って、最高に楽しませてもらっての現在でございます。
『廻天』の感想も早速書いていきたいところですが……『総集編』と『叛逆』についても語らせてください、おもろすぎたんで!
『[前編] 始まりの物語 / [後編] 永遠の物語』雑感
『前編/後編』はTV版の再構成、だとは思うんですが相違点については把握していないので割愛させてください。
その前提で、ここからは分かりやすいよう『TV版』という表記に統一させていただきます。
にわかがすんません、ほんと。
はい、自分が『TV版』を見直して感じたことをおおまかに「ここ好きポイント2つ」「不穏?なシーン2つ」に絞ってまとめます。
ここ好きポイント①
「情報の開示が上手すぎる」
自分は粗筋を知ったうえでの視聴だったので、「そこでそうなっちゃうのかぁ~」的な、n周目のほむら目線でいろいろ考えながら観ていました。
そこで気が付いたのが「情報開示の巧みさ」でした。
マミさん離脱までは魔法少女と魔女の存在、叶えたい願いにスポットライトを当てて。
さやか離脱までは魔法少女になる本当の代償、希望と絶望のバランス(杏子談)でドラマを構築し。
最後は、まどかの祈りとほむらの執着、インキュベーターの目的、少女の犠牲と救世で締める。
このお話の進め方が大変お上手だなって、てかリアタイしていた人たちはそれはもう大変だっただろうな!って。
〇自分のフィクションの楽しみ方について脱線
これは私個人の悪癖かもしれませんが、「登場人物の話す内容は真偽はさておき”一度信じる”」ことにしています。
「この世界ではそういうことになっている」ファンタジー作品を楽しむ人ならある程度共通する感覚だと思っているのですが……いかがでしょうか?
作中の展開・描写・理屈について、現実的に考えたり神目線で推察したりするのとは別に「この人はこう認識しているんだな」と一度受け止めます。
それは誤解かもしれない偏見かもしれない妄言かもしれない…… けれど後から否定されない限りは、それが”作品にとっての真実”から動くことはありません。
一方で、「その人が知らないはずの情報を持っている」「思考や選択に一貫性がない」といったものを強くノイズとして感じてしまう損な性質でもあるわけですが…………。*3
閑話休題。
『TV版』において最初はマミさん、中盤はさやか杏子、終盤はほむらキュゥべぇ、語り手を変えながら人それぞれの世界の視え方を語らせていました。
当然それぞれの経験も理解も違うので、新たな情報が出てくることも不都合な真実を隠していることにも説得力があります。
ですが、それを観ている視聴者は当然そんなことは知りません。
1話での驚き、3話での驚き、6話での驚き、8話での驚き、10話での驚き…………そのどれもが新鮮で衝撃的なものに違いありません。
毎話明かされる情報を受け止め、咀嚼し、次にはまた衝撃の情報が追加される。
それをリアタイできた当時のオタクたちが羨ましくて仕方ありません。
オリジナルアニメをリアタイで追いかける、その最上級のご褒美が、後追いの自分にすらわかる極上の体験がそこにはあったでしょうから。
今ソシャゲを割と遊んでいる人間だからこそ、TVアニメという定期更新の媒体を活かした作品の魅せ方に感動していました。
ひと言で言うなら「視聴者楽しませるのうんめぇ~~~!!」
ここ好きポイント②
「登場人物の因果が美しすぎる」
先ほどの項で述べた情報の開示と衝撃は、にわかな自分が「まどマギ」という作品へ抱いていたイメージを再確認するようなものでした。
一方で、こちらは先入観抜きの感想「さやかちゃんの因果が美しすぎる…………」「半分はほむら、もう半分はさやかの作品では?」になります。
ひそかに想いを抱く病床の少年がおり、上手とは言えないまでも献身的なコミュニケーションを続ける。
マミさんの最期を看取ったうえで、少年の絶望を救うため魔法少女になる。
当初は少年の快復を喜び、負い目を感じるまどかをなだめ、”最高に幸せ”と語る。
その後魔法少女の身体の真実を知り、少年に想いを告げられず、自暴自棄に…………。
杏子のように割り切ることもできず、心配するまどかに八つ当たりし、ほむらを信じることもできずに(全面的にほむらが悪い)、行きつくとこまで行きついてしまった。
あのぉ………… 美しすぎませんか、この展開。
この中で特に美しかった美しすぎポイントを2つ挙げると、まず「魔法少女と告白、重大な選択がさやかの意志に委ねられている」こと。
「魔法少女の残酷な結末を知らなかった*4」わけでも「マミさんが〇され、仕方なく魔法少女になった」わけでもない。
「友人の恋心を知らずに出し抜かれた」わけでもない。
さやかが全てを知ったうえで契約したわけではないとはいえ、絶望に至るまでの重要な選択は間違いなくさやか自身の選択です。
特に告白の方、別に自分の正体を隠して上条くんに告白すればよかったんですよ。
将来はともかく、当分の間中学生カップルとして騙し通すぐらい訳ないでしょうし、バレたらごめんで別れればいい。
でも、それが美樹さやかにはできなかった。
「魔法少女となり恭介を救った」自分を肯定するためには、「人間でなくなった自分が恭介を騙して付き合う」わけにはいかなかった。
相手の幸福を願ったならここで身を引かなければいけない、どこまでも生真面目な美樹さやか*5の良いところが最悪の形で結実する。
美しい…………。
美しすぎポイントその2は「自分が一番聴きたくなかった言葉を発してしまった」こと
具体的には自棄になった後、まどかに投げかけた数々の言葉
「死んだ身体を動かして生きてるフリをしてるだけ」「だったらあんたが戦ってよ」「あたしと同じ立場になってみなさいよ」「なんでもできるくせに」「知ったようなことを言わないで」
いやぁ~~~痺れるパンチラインですこと!
この言葉たちが、魔法少女なりたての頃にまどかに掛けた言葉と180度変わってしまったこともそうですが、状況は違えどそのまま上条くんとさやかの関係を的確に表す言葉で本当にグロい。
さやか自身が上条くんに絶対に言われたくなかった言葉を、同じく何もしてあげられない立場のまどかにぶつけてしまった。
心無い言葉に傷つけられ、それでも身を捧げた正義の人だったはずが、気づけば同じように人を傷つけ呪いを振りまく邪悪な存在になり果てていた。
そしてその行いを深く後悔し、絶望を深めていく…………。
まどかを慰めていた時も、ほんの少しは考えていたことかもしれない。
でも悪意を飲み込んで相手のための振る舞いができること、それは決して悪いことじゃない。
日頃はなんてことなく抑えてる本音も、いくつもの衝撃で擦り切れて、どこまでも膨らみ制御が効かなくなる。
本人にはどうしようもない状況で、少女らしい不安定さで悪い方に転がり続けてしまう。
正しくあろうとしても執着を捨てられず、自棄になろうとも良識は捨てられず…………。
なんと不憫で美しい…………。
女子中学生である意義を一番に感じる人物で、魔法少女の業を一番背負ったのも彼女な気がしています。
もちろんお話のスケールや感情の大きさ深さではほむら・まどかに軍配が上がるのですが、2人の物語であるという前提のうえでなお、ですね。
むしろその特異点すぎる2人に切り込んでいくぐらいの、運命だの宇宙だのに負けないぐらいの、一人の少女が持つ願い悩み祈り絶望にはそれぐらいのエネルギーがある。
そんな「まどマギ」の美味しいエッセンスを美樹さやかが担当しているように思えます。
以上、『TV版』を観なおして印象的なポイントでした。
「まどマギ」という作品に持っていた先入観、それを踏まえてなお面白過ぎる作品でした。
ハッピーエンド?
不穏?なシーンについても最後に軽く。
まどかが『円環の理』になってしまった後の世界、まどかのことを覚えているのは暁美ほむらだけになってしまいました。
その世界について気になったシーンが2つありました。
まずはほむら・マミ・杏子が映り、どうやらさやかが魔女になる寸前で消えてしまったシーンでの会話。
マミと杏子は沈痛な表情でさやかとの別れを悼んでいます。
てっきり『円環の理』による救済はもっとハッピーなもの(まどか同様、存在や記憶を消すとか)を想像していたので…………。
「魔女にならない」ってだけで少女の絶望はあるし、魔獣はいるし別れもある。
インキュベーターも残っており関係は良好そうですが、結局はあまり変わってないな、それが率直な印象です。
そして、わざわざこんなシーンを入れたってことは、少なくとも彼女たちにとってのHappyEndではない、そんな製作者の意図を感じました。
このままこの作品が終わったとして、誰かの犠牲によって問題が一部解決した、そんなビターエンドかなって。*6
もう一つは最後の最後、魔獣?と戦いながら傷つき禍々しい翼で飛ぶほむらのシーン。
これからもほむらは傷ついてボロボロになっても戦い続けます、あの子が救ってくれた世界のために。
これ……ハッピーエンドなわけなくない?
これでいいわけなくない?自暴自棄なさやかちゃんと重なって見えるけど……?
『SIREN』のジェノサイド須田恭也がハッピーエンドだ!って人ならまぁ……。
まぁ、これらは続編の『叛逆』が存在している前提での見方かもしれませんが、「ここで終わるのが綺麗」自分には到底そう思えませんでした。
『[新編] 叛逆の物語』雑感
ここからは『叛逆』の感想を書いていきます。
本当に完成度の高い作品なので、自分が書いておきたいことはあまりないかも。
言葉にすると取りこぼす感情があまりにも多い気さえしてしまいます。
ただまぁ、暁美ほむらについては語らないわけにもいかないので、自分にできる範囲で言葉にしておきます。
前述のとおり私は『TV版』をハッピーエンドとは思えなかったため、「ほむらがまどかを取り戻すお話が続く」ここまでは予想通りでした。
とはいえ、その描き方がまた秀逸なものでしたけれども。
異変とほむvs.マミ
『TV版』で居なくなったはずの魔法少女がひとり、またひとりと現れ、マミを喰った魔女が一緒で、ほむらは眼鏡っ子に戻っていて、よく分からない怖い歌うたってて…………。
何が何やらの展開に必死でついていきつつ、『世界』の異変にほむらが気づいてからはどんどん面白さが加速していきました。*7
異変を確かめるために声をかけたのが杏子ってのも味がありますな。
頭の固いさやか、楽観的なまどか・マミではなく、感覚派でフラットに付き合ってくれる杏子を頼った形でしょうか。
正直、これがシャフトの映像の癖なのか、作中世界においての異変なのか、シャフトの不思議空間に慣れちゃってて判断が難しかったですけれども。
そこから「ベベ」を疑うのも納得感ある。
あの『世界』の異物って、いつのまにか居るベベ、記憶をなくしている自分、そして居るはずのないまどか。
ほむらがまどかの存在に違和感を抱けないのも無理はない…………。
そこからのマミさんとの超絶クオリティバトルは今見てもなおカッコよかったな…………。
ほむらに触れていたら時間停止に巻き込まれないことを利用したリボンもいい、ガン=カタは言わずもがな。
決着がこれまた2人の個性てんこ盛りでたまりませんでした!
物量で敵わないほむら→自分に銃を向ける→マミが慌ててリボンを引っ張る→実体化したリボンを撃ち時間停止、自己犠牲を伴ったほむらの卑怯な戦術がらしさ全開で!
さらには命を取ることに躊躇し足を撃つ、保険をかけてたマミに拘束される、というほむらの悪役に徹しきれないところもマミさんの強かさも全部表現されていて最高でした!!!
イケメン・美樹さやか
その後のさやかちゃんとの問答も良かったなぁ……。
話が通じる人間がいて嬉しそうなほむらちゃん可愛いすぎる
「魔女をつきとめて、それであんたはどうするつもり?」
「始末するの?ただ魔女だからって理由で?」
「これってそんなに悪いことなの?」
「それを祈った心は、裁かれなきゃならないほど罪深いものなの?」
ここの台詞本当に大好き!!
先ほど熱弁した「良識に囚われているさやか」とは真逆の言葉たちです。
『円環の理』に導かれ、その先でもいろんなことを経験したっぽい*8さやかが、落ち着いて大人びているのも嬉しいですし(『TV版』のさやかの悩みは時間と環境が解決すると思っていたため)、
そのさやかが、常識的に理性的に動くほむらに忠告してくれるのが最高です!
「それが本当にあなたのやりたいことなの?」って、『TV版』のさやかに掛けたい言葉を、大成したさやかの口から聞けたのですから。
さやかの立場としては『円環の理』から来たまどかの助っ人で、言ってしまえば「ほむらの世界を終わらせて『円環の理』に導くこと」がお役目なはずです。
けれど彼女はそれに従うのではなく、暁美ほむらに寄り添い、尊重してくれています。
こんなに胸が熱くなることがあるんだな…………!
ほむらが救われ救われない結末
その後、花畑でまどほむ夜会話になるわけですが………… 本当にまどかが悪いよまどかが…………。
「ほむらちゃんでさえ泣いちゃうようなつらいこと 私が我慢できるわけないじゃない。」
「それはあなたにとっても我慢できないほどつらいこと?」
「そうだよ。」「そんな勇気、私にはないよ。」
「それだけで十分に私は幸せ”だった”」
これを聴いたほむらは、居心地のいい『世界』で安穏と暮らすことよりも、誰よりも大切な少女の想いを優先して、自分は断頭台に上がる覚悟をするんです。
魔法少女として戦い続けることが、まどかの高潔な意志を継ぐ行為だと自分を言い聞かせていたが違った。
自分一人だけが救われないことで、愛した少女の想いは今度こそ完成する。
映像表現も完璧すぎました…………。

この天啓が下りてきたような光、過去ほむらの象徴である三つ編みがほどけていく、花が枯れ綿毛が舞う…………。
ほむらの暖かな感謝と確固たる決意を映像が支えてくれます。
その後の魔女ほむら覚醒、断頭台に進む身体と未練の残る無数の腕……この決意をしてもなお後悔も迷いも渦巻いている彼女の内面が、魔女の姿に大きく反映されています。
からの開幕のブザー!幕が上がり!!魔女の名前が浮かび上がる!!!超超超激熱共闘シーンでした!!!!!
「ここまで頑張ってきたやつには、それなりのご褒美があってもいいもんね」
もうずっと美樹さやかがイイ女すぎる…………たまらん…………号泣
決心したはずが、まどかの救済の手に縋ってしまうほむら…………。
やっぱりまどかが悪いよ…………まどかが……………………。
そもそもこの因果に囚われたのだって、まどかがほむらに甘えたせい(これ以上なく仕方ない都合とはいえ)だしよぉ…………。
大切な人のために自分を犠牲にするって決めたのに…………こんな暖かい手を差し伸べられたら、暁美ほむらには拒めないよ…………。

ここの千和さんの演技が本当に胸を抉る…………。
こんなぼろぼろの腕を見せられて、後は私に任せてだなんて…………。
その後はもうね…………自分のやりたいことを見つけた暁美ほむらは強いよ。
とはいえ、思い出しそうなまどかに戸惑うほむら、この平穏もいつまでもは続かない、そんな匂わせで終劇。
いやぁ~結局『叛逆』も一通り振り返ることになっちゃった。
『TV版』の終わり方は「まどかが(一方的に)望んだ世界」*9で、『叛逆』は「ほむらが一方的に望んだ世界」でおあいこだなって感じ。
でもこれ不幸なことに、『叛逆』の世界で暁美ほむらは幸せじゃないんですよね…………。
自分のエゴで大事な人の想いを踏みにじって、自分はその大事な人と本心から向き合うことはできなくて…………。
まどかほむら2人の物語としてはようやく同じ土俵に立てたというか、互いのエゴを見せあってようやく「ほなどう折り合いつけまひょか?」の話し合いができるというか。
誰か一人を犠牲にする選択が正しいの?をずっと問いかけてくれている作品なので、続編の『廻天』でどう描かれるのか期待しつつも不安でもありました。
新キャラもいろいろ出るらしいし、この『世界』終わらせてもハッピーエンド見えなくな~い、みたいな不安が拭えなくて。
まぁそんな不安も吹き飛ばすぐらい、最高にエンタメで最高に熱血で最高に幸せな物語(未完)になってくれたので、杞憂でしたがねガハハ。
『〈ワルプルギスの廻天〉』感想
ようやく本題の新作『廻天』の感想を書いていきます。
新キャラ登場まで
トカゲさん電話の下りはフワッとしか理解していませんが、魔法少女に仕事をさせないため”一夜限りの魔法少女”を、その素質がある娘にお願いしていた形ですよね。
深い絶望に至る暇もなく、本人からするとストレス発散の夢を見て終わり、的な。
ちゃんとこの世界の管理者としての仕事をこなしてるんだな、暁美ほむら。
ただ、暁美ほむらの力を貸し与えてそうなので本人にも負担はあるのかな。
ここで出てきた魔獣がやけにリアルモチーフ(男体多めにも見えた)だったのも割と好みでした。
特定個人が”成った”魔女ではなく、人間社会の負の感情が形を成した化け物って感じで。
ほむらの超然とした姿を見せつつ、魔法少女たちとは普通にコミュニケーション取ってるのもおもろい。
一方的に施しているように見えるのも、底が見えなくて警戒されてるのも、まるでキュゥべぇの役割に取って代わったたみたい。
日常シーンに戻っても、魔法少女組は固まっていて、一般人と交流してるのはさやかだけ。
これは「まどかが思い出さないように」と「美樹さやかはまどかの隣に居ないとね」の折衷案なのでしょうか。
『叛逆』の時からそうでしたが、暁美ほむらは自分とまどか”だけ”の世界を作ってないんですよね。
魔法少女以外でも上条くん、仁美、早乙女先生、まどかの家族などは招き入れています。
まどかの幸せには周囲の人間も含まれている、そう合理的に判断しているのか、単にほむらにとっても情の湧いた人々なのか…………。
とにかく、ほむら自身もまどかからは距離を取っており、「ほんまにこれでええんか、暁美ほむら……」の念は一層強まりました。
そこで登場しますは様子のおかしい美人「名前の無い上級生」、以降『ワス』と呼びます。
映画の予告などを一切見ていなかった自分は「なーんかほむらに似てね?……絵柄の問題か?」なんて思ってました。
その後新キャラ2名『紫丁香』と『セルマ』*10も登場し、(描き分けできないわけではないのか……)なんてクッソ失礼なことを考えてました、スミマセン。
そこからまどかに干渉しようとする『ワス』と悪魔ほむらのバトルがあって、ほむらの牙城が崩れていきます。
ここは『叛逆』の「ほむらvs.マミ」ほどの盛り上がりはありませんでしたが、自分の創った世界を利用して攻撃する手法は納得感ありましたね。
あと、本人の身体能力が高いわけではなく、複数人相手だと普通に劣勢なのも。
主要メンバー5人の中でも、まどかの身のこなしがやけに優雅なことを踏まえると最弱かもしれない、そんな認識です。
ここからはそれぞれの勢力が暗躍するパートで地味ながら結構面白かったです。
キュゥべぇは『ワス』たちに協力を持ち掛け、紫丁香・セルマは杏子、まどか、マミ&ナギサに接触し懐柔。
ほむらはさやかを連れ出し、『ワス』を出し抜くことに。
新キャラを既存キャラと紐づけ対比させて描いてくれたことがまず嬉しかったです。
ぽっと出のキャラが勝手に暴れだす、じゃぁ面白くありませんから。
その後の戦闘も基本1v1の構図だったのが新鮮で、新キャラ三人にも既存キャラにもスポットライトをあてながら進行してくれて最高でした。
紫丁香について
まず紫丁香と杏子。
魔法少女の在り方については共感しつつも、「魔法少女となった経緯」「絶望に至った過程」それら全てに強く愛着を持っているように見える紫丁香。
自身の過去を忘れて今を楽しんでいる杏子に(&まどかにも)激しい憤りを見せます。
この辺りで『廻天』の序盤から杏子が杏子らしくなかったのを思い出していました。
そういや一回も林檎かじってなかったな……とか、食べ物を粗末にするわけないわな……とか。
そら『今の杏子』の方が幸せで健全な女子中学生だと思いますよ、不幸な過去に縛られるぐらいなら全て忘れて生きられた方が幸せかもしれない。
…………それでいいのか『佐倉杏子』、紫丁香の口ぶりからはそんな怒りが感じ取られて非常に好感が持てました。
ここのやりとりは「P5R」の丸喜世界の是非と同じ問いのように思えます。
自身の不都合な過去は消してもらって、誰かに造られた幸せを謳歌する、それでお前はお前足りえるのかと。
紫丁香自身が「魔法少女」という存在を特別視していそうなのも相まって、「お前は私と同じ選択した人間だろう?」「そんな大事なものを忘れてどうするんだ」そんな哀しみが。
別に紫丁香が正しいとも自分は思っていませんがね、幸せな『世界』を選ぶことも間違ってはいない。
どちらかというと、自分の感情に突き動かされて不機嫌に飛び出してしまった紫丁香に「10代の少女だな~」を感じて愛しく思えた、って話でした。
そんなこんなで紫丁香は魔女の姿で杏子とまどかを襲います。
魔女となる結果を消してしまう『円環の理』を憎んでいて、まどかを〇して『円環の理』をぶっ壊したい、自分の眼にはそう映りました。
自暴自棄になった優しい子を、しょうがねぇなと命がけで止めに入る、杏子はどこまで行っても不運なお人好しで最高だなと痛感させられます。
セルマについて
次にセルマとなぎさ。
お調子者どおし遊園地で楽しく遊んでいた2人ですが、景色が一変、悪辣な見世物に変わってしまいました。
磔になったマスコットにトマトをぶつける、そのシーンでセルマは「他人の喜びを学んだ」「誰かを虐げるときに人は最も喜ぶ」的なセリフを言ってた気が。
それを聴きながら自分の脳裏にあったのは言峰綺礼、世間の人々と同じ価値観を持てずに苦しみ抜いた男の姿と重なりました。
直前にシスター服のセルマが映ったこともあって、「人並み以上に高潔であることを求められ、そうなれない自分に苦しんだ過去が今のセルマを作った」そのように解釈しています。
そういった人が綺礼のように道を踏み外す覚悟が出来るものは稀で*11、人に成りえない者なりに「せめて人に、社会に役立てることを」と発想するほうが自然でしょう。
ですので、セルマの本心が理解できたとは言えませんが、作中の言動には非常に納得がいきました。
それに便乗することはしなかったなぎさ、舞台にあげられても興ざめだと立ち去ります。
意志のつぇ~女の子だよ、なぎさは。
散々無知無知アピしておいて申し訳ないのですが、自分は『廻天』観劇前にマギレコの「百江なぎさは願いを叶えた」というタイトルのストーリーをYoutubeで視聴しています。
〇「百江なぎさは願いを叶えた」の感想に脱線
SNSでたまたま「マギレコのこの話観てないとなぎさのこと分かんなくね」というネタバレにならない程度のありがたい助言を見かけまして。
確かに『叛逆』では「お菓子の魔女」になる前の姿ってことしか分かんなかったしなと。
ちなみに『廻天』のなぎさがマギレコのなぎさと完全に同じ、って訳でも無いようなのですが、あんま漁るとネタバレ踏みそうだったのでそこで思考を止めた次第です。
普通にサウンドノベルとして秀逸で恐ろしい出来だったのは横に置いといて……ストーリーの大まかな筋書はこんな感じ。
「母は元芸能人だが病床に伏せっている、父は長らく帰ってこない」「家はごみ屋敷、学校でも浮いている」「母から虐待を受けているが、それでも母からの愛を欲しがった」
「これ以上”いい子”でいたくないから、魔法少女にもなりたくない」「異質な魔法少女と出会い、自由に生きる道を示される」「最後に母に恩を売って愛してもらおうとする」
「母の願いは救うことではなく呪うこと、自身の存在が母にとっての『呪い』だったと知る」「母に意趣返しをするはずが、先述の魔法少女に先を越される」
なんかもう…………きついわなぁ…………。
『TV版』の少女たちの絶望は、行き違いや不安定さの果てという形で不快感はありませんでしたが。
身勝手な大人に圧し潰されてる子供はほんとに………… はぁ…………。
まぁ正直露悪が酷くて好きなお話とは言い難いんですが、これがなぎさの人生でしたと言われてしまったら受け止めるしかない…………。
ちらっと見かけた考察に「なぎさがチーズを生み出せないのは、チーズ=母の好物・母の愛だから」とかもあって…… はぁ~あ、やってらんないよね。
これを受けて自分の中での『百江なぎさ』という人物像は、
・幼い言動とは裏腹に、周囲をよく観察し、顔色を伺うのが得意になってしまった女の子。
・”いい子”であることを苦々しく思いながらも執着していたが、そこから解放されると同時に、達観したものの見方ができるようになった。
ってところでしょうか。
端的に言えば「他者への理解に長けているが、自分の気持ちを優先することにした女の子」ってことになります。
……ちょっと私好みのキャラクターすぎるかも。
これを踏まえると、セルマとなぎさって似ているようで真逆の性質のように思えてきます。
愛してもらうために役に立とうとしたセルマ、役に立っても愛してもらえないと悟ったなぎさ。
その後のなぎさの口上が最高に痺れるもので、「役立たずのままでいて欲しかった」はもうぱっと見びっくりするぐらいの悪口なんですが。
ことセルマとなぎさの文脈上では、「あなたはあなたのままで十分だった」という慰めになるんですよねぇ~~~。
マジでずっとカッコよかったっす、なぎさちゃん。
こういった対比があるおかげで、対決の構図がよりドラマティックなものとなりました。
まどかの『円環の理』からこぼれてしまった異端分子、『円環の理』の不完全性を証明する存在として登場してくれて良かった。
その外れ値らしさも表現されていて非常に興味深かったです。
「名塚底根」~ セルマ&魔女戦まで
話をほむら・さやかに移しましょう。
ここで頼るのがさやかってのもねぇ~~~~いいよね~~~~~~~!!!!
『叛逆』のときは杏子でしたが、今回はほむらの事情を一番把握している(できる可能性がある)者として頼りにされるのが美樹さやかなんですね~~~~。
2人で『ワス』たちのアジト「名塚底根」に忍び込みます。
そこでキュゥべぇからの説明もあり、「宇宙の外側」に存在し、”魔女に名を与える場所”であることが明かされます。
トンデモ設定ではあるのですが…… いかんせん『円環の理』だの、悪魔だの………… 無茶苦茶やった前例があるので全然信用できちゃう…………。
戻ってきた『ワス』の正体を暴き、自身の魔女の姿を思い出したさやかの力を借りながらほむらは脱出を図る。
ここ面白かったね~~~!「え?!!こんな大事な設定明かしちゃっていいんだ!!?!?!!!」って。
そりゃ明かしちゃっていいわな、公式の続編だもんな、何年続いてるIPなんだよって話ですよね。
ここは長く追っているファンでしか分からない感覚になりそうなのでここぐらいにして。
魔女の力を繰る美樹さやかやっぱ格好いい………… でも相手が相手で押され気味なのも仕方ない。
あと、さやかの「説明してよ!」に対する返事が、「後で忘れさせてあげるから」なのマジで暁美ほむら最高~~~~~♪
なんとか逃げ出した先で、紫丁香と杏子を回収したマミたちと合流。
舞台はvs.セルマ&「救済の魔女」へと移っていく。
「人の役に立ちたい」セルマの究極の障害として『円環の理』を据えるのがなんとも粋。
そこに嫉妬の感情もあるからこそ、セルマもまた紫丁香と同様『円環の理』をぶち壊すためにここまでたどり着いたようだ。
新キャラ3人がそれぞれ全く違った目的で集まってるのマジで熱い!
まさに『円環の理』に救われなかった逸れ者たちって感じで。
ここで一度足を止めるさやかのシーンが挟まるのですが、本当にありがとう。
正直お話の流れとしては端折っても全然良かった部分なんですが、入れてくれたことも、その説得に向かうのがなぎさなのもマジで嬉しいありがたい。
さやかの言う通り「誰が敵で、何が正しくて、何のために戦っているのか」もうめちゃくちゃな状況です。
そこで勢いに任せず、足を止めて思考できちゃう美樹さやかを私は誇らしく思います。
「やりたいようにやればいい、自分はそうしている、あなたは?」そう平然と返せるなぎさも本当に大好き。
不安定な少女たちの中で、なぎさは自身のためという正義が一本貫いていて、だからこそブレずに身を任せられる。
さやかちゃんがそうあるべきとも思いませんし、いろんな人に寄り添ってブレブレなのもそのひとの良さに違いありません。
それでもなぎさの言葉は、ただ少しだけ自分の心に素直になって、一歩踏み出す勇気をくれた。
いつの日か、なぎさが誰かに貰った救いの言葉と同じように。
激戦の果てにセルマのソウルジェムを破壊、まどかを救い出すことに成功。
その過程で『ワス』は自分の探していた”マルグリート”のことを、自身の過去と一緒に思い出します。
『ワス』について
いや~~~『ワス』、もといマルグリートの因果もあまりに不憫でたまりませんでした…………!
愛では救われない命があることを知り、それでも自分にできることとして「魔法少女を苦しみから救う」力*12を得た少女。
魔法少女が一人の人間のままでいるために、今際の際まで名前を呼び続ける、しかしその重責は到底一人で背負えるものではなく…………。
全てを救おうとして「魔法少女に名を与える・記録する」その機能だけが歪んだ形として残ったのが「名塚底根」。
そして名を与えきれなかった魔法少女たちの魂と同化して、個の人格を保てなくなったのが「ワルプルギスの夜」であり『ワス』である。
この怒涛の設定開示が、少なくとも自分にとってはすんなり腹落ちする説明だったのも心地よかったです。
「ワルプルギスの夜」そして「名塚底根」、どちらもまど・ほむの世界改変並みの偉業です。
そこの理由付けとして「それまでの魔法少女の魂を全部集めたからできちゃいましたテヘペロ」は非常に納得できる。
まど・ほむも「時間繰り返す度にまどかの因果が強くなっちゃってたテヘペロ」だったので。
また、その叶え方がマルグリートにとって望まぬ形っぽいのも、聖杯とか猿の手みたいで素晴らしい。
身に余る奇跡を望めば、それに対する対価もおのずと要求されるのが世の理ですな。
ってことで個を失ってしまった『ワス』は、自分の名前を呼んでくれるものとしての”マルグリート”を探し彷徨い、鹿目まどかを見つけた。
だから、鹿目まどかの運命は「ワルプルギスの夜」と切り離せなかったんですね!(∞敗)
救世を果たした鹿目まどかに憧れる気持ちが、暁美ほむらと重なり、その姿を真似て現界することになりましたと。
理由付けがうますぎます!
まどかとほむら
そんな『ワス』ちゃんのことも、正気に戻った(戻りすぎた?)まどかは抱きしめ救ってみせます。
魔女化が解けたまどかはすべてを思い出し、『円環の理』に戻ってしまっていたのでした。
(これ以降の解釈は多分に妄想を含んでしまっているかと思いますので、気になる点がございましたら優しくご教示していただけると幸いです)
ここが自分読み取り損ねている気がしてならないのですが、
・『TV版』終了時、『叛逆』で迎えに来た『円環の理』にはまだまどかの自我がうっすら残っていた。
・『叛逆』によってまどかの自我を切り離してしまったこと、もしくは経年劣化でまどかの自我が壊れてしまった(そもそもほむらの思い描く「まどか」では無かった?)。
・今『廻天』世界に居るまどかは『円環の理』と同じ存在となってしまっている。
そんな風に自分は受け取りました。
まどかの矢で射貫かれた暁美ほむらは、それを明確な「鹿目まどかからの拒絶」と受け取り、膝が折れ屈してしまう。
自分のせいでこうなってしまったと、これまでのまどかとの思い出がバックに流れる中でウジウジ自責を重ねます…………。
ここで喝を入れるのが美樹さやかなんですよねぇええええええええ!!!!!!!!!Foooooooooooooo!!!!!!!!!!!!
この映画で最高に熱くて最上に涙したシーンでした!!!!
「お前だけは!!!」これ以上に説得力のある言葉はありません!
これに周囲がつき合わされた『TV版』『叛逆』、そして『廻天』の物語ですからね!
ここもふんわり理解なのですが、さやか・なぎさ以外の面々もこの「まどかとの思い出振り返りプロジェクションマッピング」で大体の事情を把握したってことなんでしょうかね。
それぞれがそれぞれの言葉で、『円環の理』を受け容れるんじゃなく、お前の愛した「鹿目まどか」を取り戻せ! そう背を押してくれました。
またここに紫丁香と『ワス』もいるのが最高に素敵で………… 彼女たちもこの世界に来た時までは『円環の理』を追っていたはず。
しかし紫丁香は魔女の姿の自分も抱きしめてもらって、『ワス』は自分と自分の中に居るたくさんの魂も抱きしめてもらって…………。
彼女たちを救ったのは『円環の理』というシステムではなく、その中に存在した暖かい少女「鹿目まどか」に違いありません。
まどかをほむらが取り戻すことになれば、新キャラ3人にとっては計画失敗となります。
『廻天』の冒頭の世界に戻ることになり、不完全な『円環の理』を許容することになりますから。
…………それでもいい。 自分の救いよりも、自分を救ってくれた少女の存在を優先したい。
言葉こそなかったものの、ふてくされているようで納得しているようなセルマの表情からも同意が伺えます。
彼女たちは最後ソウルジェムだけ残して消えてしまう、『円環の理』のシステムに組み込まれることを承知した演出、そのように自分は捉えました。
暁美ほむらは、みんなに背を押されてようやく自分のエゴを肯定し、自分のために立ち上がることができました。
個人的には「やっと言えたじゃねぇか……!」って爽快感がありました。
まどかのため?世界のため? いいや、私のためにあなたが欲しいんだ!!!
そりゃ神の目線で見ている我々からすれば「今さら?」なんですけど、そこをいつまでも割り切れなかったのがほむらの臆病さであり可愛げであり優しさであり、まどかとの違いなんですよ。
まどかは自分のエゴでほむらを救い世界を救った。
その我儘に自覚的で、「私を助けてあげて」「こんな私を許してね」なんてほむらに甘えられるのがまどか。
自分のエゴでまどかを救う、そのことをいつまでも悩み続け迷い続けるのがほむら。
この不安定さが、悪ぶったところでエゴに振り切れないのが暁美ほむらの可愛いところじゃないですか。
これでようやく鹿目まどかと本心から向かい合うことができました。
こっから一転攻勢や!!
吹っ切れた暁美ほむらは最強や!!!
かと思ったら、天上のふしぎ空間でまどかはほむらを膝枕し、優しく語りかけて消えてしまいます。
残されたほむらは笑顔で眠っている。
現実世界のほむらは『円環の理』に圧し負け敗北。
まどかは『円環の理』と言葉を交わした後、背を向けたように見えつつも両者消えてエンディングへ…………。
こ、これが「まどマギ」の締め方かぁ~~~~~~!
『TV版』『叛逆』とで視聴者を置き去りにする意味深な引きをする作品だと再認識していたはずですが、リアルに食らったのは初めてで戸惑いつつも嬉しかったです。
まどかがほむらにかけた言葉の真意は?
天上の世界の見滝原はなんだったのか?
最後まどかがつぶやいた言葉は?『円環の理』は?
キュゥべぇと「名塚底根」は?トカゲさん電話を取ったのは?? ?????
なぁんにもわかんない。 のでいろいろ考えながら生きていこうと思います。
まだ「まどマギ」に触れて数日の、今後もゆる~く追いかけようと思ってるクソにわかですが、最新の「まどマギ」を咀嚼する皆さんの末席を汚させていただきます。
答えを与えられなくても自分なりに答えを出す、そんな強ぇヲタクで在りたいよな。
おまけ
ってことで、『廻天』の感想はこの辺りで終わります。
考察ではなく感想なので、映画を観て「楽しかった!」「面白かった!!」部分だけでも書き残すことができて満足しています。
〇と言いつつも考察(願望)を垂れ流したくなっちゃったので追記
終盤まどかとほむらのベンチ辺りの考察、というよりも「こうだったらいいなぁ~~~」って願望を書いときます。
あそこで、まどかがほむらに「理想的な世界でなくてもいい?」みたいなこと話しかけてて。
それって”ほむらの望み(まどかの存在を残したい)が叶わない世界”=『TV版』で創った『円環の理』に戻る選択、と捉えることができます。
ただ私には”まどかの望み(すべての魔法少女を救う)が叶わない世界”=まどかが戻ってくる代わりに何かを諦める選択、と捉えることもできる気がして。
「私が『円環の理』やめちゃっても、魔法少女のみんなは許してくれるかな?」的な。
そもそもまどかの自己実現の形として、セルマほど偏執的でないにしろ、「誰かの役に立てる、特別な存在になりたい」が『TV版』の初期からありましたよね。
そのまどか自身のエゴを『円環の理』という存在になることで叶えた。
『廻天』でのほむらの叫びでようやく「あなたが犠牲にならなくてもいい」「戻ってきて欲しい」そんな声がまどかに届いた。
まどか自身も自分の選択を振り返るようになった。
これがそのまま『円環の理』の否定に繋がるのかとか、じゃあなんで涙して消えちゃったのかとかは、分かりません。
後処理に追われているとか、別の解決策を探すとか、何とでもやりようがある気はしますが、そうするかは作り手次第なので。
ただ、『円環の理』に言葉をかけてから背を向けたこと、トカゲさん電話を取ったのがアルティメットまどか?の神聖な手に見えたのもあって、今度はまどかが自分のエゴと周囲の愛とに折り合いつけるべく奔走するのかなって。して欲しいなって。
ここまで全部妄想で願望です。
みんなの声はまどかに届いたけど、それでもまどかは『円環の理』に帰っていった。
こちらの方がブレずにスッキリお話がまとまりますよね。
悪魔ほむらがまどかの人格を引きはがしたように、『円環の理』まどかがほむらの執着を引きはがした、みたいな考察も納得いくお話ではあります。
なのでこれはただただ私の好みのお話です。
誰か一人が犠牲になるビターエンドよりも、全員助けて全部解決するハッピーエンドを模索してほしい。
そんな駄々をこねるような、お花畑な願望です。
ほむらが自分の殻を破って、ようやく本心をまどかに曝け出すことができた。
それによって、まどかにも何かしら変化があってほしい、そう期待しているだけでしかありません。
いや~早く続編来ないかなぁ~~~~~笑
本作に思うところが無かった訳ではない(謎バレリーナはほんま謎「ワルプルギスの夜」のモチーフとか?)ですが。
もっと奇天烈なものがお出しされて置いていかれる心配が強かったので、「わりと観たいものが観れた!」って感動が勝っています。
巷ではいろいろな評判が見受けられて、にわかな自分には楽しめないかもな~……なんてビビっていたのですが、むしろにわかが功を奏したのかもしれません。
これからも最高な作品のほんの一握りでも味わえるよう、自分自身のヲタク見識を磨き続けて、健康に生きて参る所存です。
うっし、自分の感想出力したから皆の感想・考察読み漁れるぜ〜~〜!
話題作をリアタイするのはこの瞬間がたまらんのよな〜~♪
世間の聡明オタク達と未熟な自分とのズレを認識するこの瞬間がヨォ〜~〜~!!!
うっひょ~〜~⤴⤴⤴⤴⤴
*1:他所の界隈から流れてくる話はだいたい炎上、というSNSあるある
*2:TV版は見たことありましたが『叛逆』はほぼ初めてでした
映画が公開された13年前だと、映画を観る機会は劇場かDVDかぐらいでハードル高かったからかも
商業としてはともかく、視聴者としては気軽にサブスクで観られる良い時代になりましたね……
*3:私個人の価値観としては「人間ならブレることも一貫性がないことも当たり前に存在する」と捉えています
なので、自身が感じたノイズとしょっちゅうバトってます
「そりゃ不自然だろ!」「いやいやこういう心境なら違った一面が……」なぁんて
*4:身体のことについて知っていたらどうしたのでしょうね……
自分はそれでも上条くんのために願いを叶えたんじゃないかなと思います
もちろん、結ばれることを諦めたうえで
*5:魔法少女なりたての頃に「正義の味方になる」と宣言
自分だけのものでなくなった上条くんと変に距離を置いてしまう
杏子の話に同調せず、リンゴの窃盗を咎める
酷いことを思ったり言ったりした後に自戒する
などなど、美樹さやかは社会通念上の良識に従う”賢い良い子”だと捉えています
もっと自由に生きた方が……と思ってしまうくらいの良い子
*6:自分はペルソナ3を思い出してました
悲しいけど仕方ないよね……、そうやって飲み込むタイプのビターエンド
*7:斎藤千和さんの演技も神がかっていました!
無垢な少女から我らの良く知る擦り切れてしまった少女に
絶望から希望まで凄まじいジェットコースターをよく演じきったなと感心しきりです
*8:自分は『円環の理』をFateの『英霊の座』と似たシステムだと認識しているのですが……合ってますかね?
『TV版』の時点では魂が召される場所ってイメージで、現世にこんな形で召喚されるものとは思ってなかったんですけれども……
通っててよかったFate、理解がスムーズに進む
*9:丸喜拓人を背負って生きている人間としてはどうしても重ねずにはいられなかった
どれだけ善意からのものだろうと、誰かを犠牲に成り立つ幸せな世界を肯定したくはない
犠牲の多寡、価値の増減なんかで測るもんじゃない
まどかには「あなたが隣にいて欲しい」と言ってくれるほむらが居て良かったね
丸喜のことは俺が愛し続けます、俺のエゴで
*10:ちなみに「しちょうか」は聞き取れたものの、「セルマ」はいまいち頭に残らず、しばらく「エルモみたいな名前の娘」で覚えてました
*11:アレも英雄王という常軌を逸した規格外に出会ってしまったからでしょうし
*12:ここの描写、明らかにグリーフシードの吸い方ですよね
これを元にキュゥべぇたちが開発したのかな
でもキュゥべぇたちに得が無くね?と思い調べたところ、「グリーフシードが一定量以上の穢れを吸うと魔女が孵化する」との記述が
つまり魔法少女には「こうすれば助かるよ~」と解決策として提示しつつ、裏で魔女を孵化させてた……ってコト⁉
だとしたら相当あくどいぜ……




























































































































































